重度の知的障がいがある子の入院に付き添う親の苦労

重度の知的な障がいがある子が、病気や怪我により入院する場合、幼少期に限らず親が付き添うことになるケースが過半です。

その子の障がいの状況や年齢、親の健康状態や家計の状況、家族構成、そして入院する病院の障がいに対する備えや理解度により、付き添いに伴う問題の深刻さは個々別々ですが、聞くことが多い入院先での典型的な「付き添う親の苦労」を紹介します。

〇24時間目が離せない苦労

重度の知的障がい児者の多くは、安静にしていられません。点滴を引き抜いてしまった事例はよく聞きます。

ベッドの上で横臥を保ち、治療上危険な行為をさせない。大声や奇声を抑制する。パニックを起こさないように寄り添う。直接的な医療行為を行うわけではありませんが、付き添う親は24時間目が離せない状況になります。

日本では今でも、母親が一人で付き添うケースが多いのが実態です。コロナ禍以後は、人の出入りを抑制する観点から、付き添いの交代を認めない病院もあります。

一人である程度以上の期間を付き添う場合によく聞かれるのは、親自身の睡眠、食事、トイレ、入浴、洗濯などの生活上の問題と、それによる体調不良です。

付き添い者は簡易ベッドなどでの仮眠生活が続きます。病院では付き添い者の食事は提供しないので、病室内で子を見守りながら何らかの手段で調達した食事をいただきます。子が起きている間は、トイレに行くのもはばかれます。入院期間中シャワーを浴びることが出来なかったという話は珍しくありません。自分の衣服を洗濯する場所と時間がありません。

入院に付き添う親

〇個室料金を負担する経済的な苦労

他の入院患者への遠慮、障がいのある子が少しでも落ち着ける環境の確保、また付き添い者自身の健康維持などのために、差額料金が発生する個室に入院するケースが珍しくありません。家族から個室を希望することもあれば、病院から個室を指定されるケースもあります。

個室料金は通常自己負担になり、料金に規定はありませんが、質素な個室でも一日1万円以上になるのが一般的です。多くの場合、重度障がいのある子は、医療保険には加入できません。日常的にケアが必要なので、子のためにフルタイムの仕事が出来ない親は少なくありません。金銭的に苦しいという話はよく聞かれます。

入院に付き添う親

〇ダブルケアーの苦労

重度障がいの子が幼少で親も若い場合、まだ幼い「きょうだい児」がいるケースが珍しくありません。

緊急入院になり、幼稚園児が2日間、家に一人でいることになってしまった事例があります。計画的な入院でも、長期入院になる場合は、「きょうだい児」のケアを無理なく継続できる支援体制を整えるのはたいへんです。

重度障がいの子が成人で、親が50代60代の場合、自分の親を介護しているケースがあります。他人であるヘルパーの介護を拒否する人、施設を嫌がる人などは、対応がたいへんです。

このダブルケアー問題は、近年相談体制が整備されつつあります。困ったときは行政窓口や相談支援事業所などに相談してください。

入院に付き添う親

以上は典型例で、現実には様々な問題事例が発生しています。特に重度の強度行動障がいの子は、もっと深刻な状況になることが珍しくありません。

(本稿は2021年10月に執筆しました)

別稿で「急患は重度障がい入所者 支援施設と医療機関が直面する問題」を掲載しています。ご参照ください。

急患は重度障がい入所者 支援施設と医療機関が直面する問題

多くの重度障がいのある人が、障がい者支援施設、福祉型障がい児入所施設、グループホームなどに入所しています。入所者の体調が悪くなった場合、入所施設のスタッフが医療機関に連絡をして、重度障がい者を医療機関に受診させてなくてはなりません。

このような場面で、どのような問題がおこっているのか。「令和2年度障害者総合福祉推進事業」として、「障害者支援施設等と医療機関における連携状況に関する実態調査」が行われました。報告された内容から抜粋して、支援施設と医療機関が直面している問題を紹介します。

なお本調査は「三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社」が、1,183件の障がい者支援施設と、230件の医療機関からアンケートを回収し、5件の医療機関からヒアリングを実施した集計結果に基づいています。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇本人が症状を自己申告できない

半分以上の支援施設からあがった問題点です。受診させるべきか、救急搬送を要請すべきかなどを、施設が判断しなくてはなりません。アンケートでは約半数の入所施設が「症状を自己申告できない入所者は、受診の判断が困難」と回答しています。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇夜間や休日は嘱託医や看護師が不在

次に多かった問題点は、受診が必要と判断しても、嘱託医にお願いできれば安心ですが、不在の場合は診ていただける医療機関を探さなくてはなりません。そしてスタッフが医師に患者の様態を伝えなければなりません。アンケートでは重複回答ありで「入所者が急変した際の対応について主に判断する人」は90%程度が「自施設の看護職員」、重複して50%が「自施設の職員」と回答しています。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇重度障がいの急患を受け入れる医療機関が少ない

施設側の不安事項として「夜間・休日の対応が可能な医療機関が少ない」が50%、「急変時の受入れができる医療機関が少ない」が45%、「入院できる医療機関が少ない」が 55%などの回答状況です。エリアや施設によって状況は異なることが想像されますが、全体的に夜間や休日、急変時、入院時の対応に入所施設は不安を抱えています。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇病院での待機が困難

重度の知的障がい者が入所する施設の8割からあがった問題点です。予約ができていても待つのが病院。おとなしく受診を待つことが出来ない人に同行する施設スタッフは大変です。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇医療機関から対応を断られる

アンケートによると断られた絶対的な件数は少なく、平均で1施設あたり年間1件未満の発生状況です。

医療機関側の対応を断る理由は「治療が困難」が57%と多く、治療が困難な理由としては「コミュニケーションが取れない」、「診療を抵抗・拒否する」、「攻撃的な行動等がある」、「強度行動障害」という回答でした。

「救急指定病院でも受診拒否があった」「利用者の特性によっては、検査をしてもらえないことも多い」と回答した入所施設があります。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇入院時に付き添いが必要

重度障がい児者が入院することになった場合、医療機関側から付き添いを求められることが多く、その場合は約半数のケースで施設スタッフが対応せざるを得ない状況です。入院付き添いによって、施設の日常業務が人手不足で回らなくなる問題があげられています。

また関連して施設側からは「付添いが必要な場合、個室料がかかる」、「利用者が重度の場合短期間で退院させられてしまう」という回答がありました。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇入退院時の医療情報が本人と家族にだけ伝えられる

入院中の注意事項、退院後の薬の服用、生活上の注意事項、今後の検査スケジュールなどが、入所先ではなく家族だけに伝えられるケースがあり、入院中の付き添いや退院後の入所生活に支障がでるという問題です。

家族の伝達能力の問題もありますが、医療機関側が、入所施設がどのような情報を必要としているのか理解していないという問題でもあります。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇治療に同意書が必要

入所施設から「保護者の同意が必要となるケースが増えてきており、保護者がいない場合や後見人の判断が出来ない場合の対応等が難しい」「身元引受人や、家族のいない利用者の手術や入院同意書が提出できない」という問題が提起されています。命に係わる深刻な問題です。

支援施設と医療機関が直面する問題

〇医療機関からみた問題点

医療機関からも多くの意見が回答されています。「意思疎通ができないことで、治療の必要性を理解できず、受け入れてもらえない」、「本人が訴えられない時、施設職員がきっちり代弁、説明をしてほしい」、「施設の負担感やスキル不足(新人職員が多い)から入院を希望するケースが多い」など。また「医療行為を行うに当たっての採算が合わない」というストレートな問題があげられています。

支援施設と医療機関が直面する問題

障がい者入所施設と医療機関は、大きな問題に日々直面しています。

(本稿は2021年10月に執筆しました)

別稿で「重度重複障がいがある人と家族の「かかりつけ医」探し」を掲載しています。ご参照ください。

子供の入所施設にいる大人の障がい者「過齢児問題」をやさしく解説

過齢児とは、18歳を過ぎても地域の大人の施設に移行が出来ずに、「障害児入所施設」で生きる重度障がい者のことです。2020年7月時点で、全国に446人の過齢児がいます。

過齢児の何が問題なのか。福祉行政はどのような対応をしているのか。過齢児問題を解説します。

なお本稿では「加齢児」ではなく、より意味が近い「過齢児」と表記させていただきます。

○典型的な過齢児のイメージ

400人超の過齢児の障がいの状況は一人ひとり違いますが、問題の理解を容易にするために、典型的なイメージを紹介します。

障がい児入所施設は「福祉型」と「医療型」があります。過齢児の多くは、福祉型の施設に入所している重度の知的障がいがある人です。そして自傷行為や他害行為のリスクがあり、環境の変化に弱い、強度行動障がい者が多いのが特徴です。

強度行動障がい者については、別稿「自傷、攻撃、こだわり 行動障がい児者支援の現状をやさしく解説」「睡眠障害・自傷行為・奇声など強度行動障害を伴う身体障がいがある人」ご参照ください。

その多くは18歳未満から施設に入所している人なので、過齢児の保護者は、なんらかの事情により、どこかの年齢で、過齢児を自宅療養することが出来なくなっています。

○法律上の問題

過齢児問題の「問題」とは、一つは法律です。児童福祉法が2010年に改正され、2012年に施行されました。この改正により「障害児入所施設」は「児童福祉施設」と規定され、18歳以上の障がい者は「障害児入所施設」から退所することが原則になりました。

この法改正の目的は、18歳以上の障がい者は就労支援施策や自立訓練を通じて地域移行を促進するなど、大人としての適切な総合的支援を行うことです。

また「障害児入所施設」の中に児童と大人が混在することで、年齢に合った児童集団の形成が困難になり、年齢に合わせたきめ細かい支援体制の確保ができないなど、「障害児入所施設」の支援の質の低下を防止する狙いもあります。

○受け皿となる施設不足の問題

過齢児問題のもう一つの「問題」は、地域に過齢児を受け入れる施設が足りないことです。したがって受け皿となる施設に余裕がある地域は過齢児が少なく、受け皿となる施設が不足している地域には多くの過齢児が存在します。

このため過齢児のなかには、住み慣れた地域から離れ、受け入れてくれる遠隔の施設へと移るケースもあります。

毎年毎月、18歳になる「障害児入所施設」利用者はいます。専門的な知識と技能を有するスタッフを配置した、重度障がい者の新規受け入れができる施設を、全国くまなく整備する必要があります。

○高齢者介護施設への移行問題と同質

過齢児問題の裏の「問題」は、65歳以上になった重度障がい者の高齢者施設への移行問題です。すでに幾つかの行政上の融通緩和策はありますが、原則として65歳からは、重度障がい者は、障がい者福祉施設から介護保険制度下の高齢者施設に移行します。

現在「障害児入所施設」にいる過齢児の年齢は、30歳未満が大半で、ほぼ全員が50歳未満です。したがって介護施設への移行は、現時点での過齢児問題の表のテーマではありません。しかしながら、年齢基準でサービス対象を区分けする政策を遂行するには、対象者がその年齢になった時点で、速やかに地域で次のサービスへ移行できなくてはなりません。

18歳「過齢児問題」は、将来の65歳「過齢者問題」と同質です。65歳の重度障がい者は、自宅で親が介護するケースは稀なので、その多くは施設入所者です。65歳「過齢者問題」も見据えて、各地域で年齢によるサービス移行を推進できる体制を構築する必要があります。

○長引く特例による当面対策

過齢児問題は難題です。そのため、2012年に改正児童福祉法が施行された時点で、2018年3月までは過齢児が認められる特例が制定されました。

そして2018年になっても過齢児問題は解決できなかったので、特例は2021年3月まで、3年間延長されました。

2020年2月には「障害児入所施設の在り方に関する検討会」から、特例を「これ以上延長することなく成人期にふさわしい暮らしの保障と適切な支援を行っていくべきである。」と提言されています。

しかし2021年になっても、過齢児問題は現存します。特例の形式や内容は変わりますが、事実上特例は2022年まで1年間は延長される見込みです。

○行政の過齢児問題対策案

法律により移行が規定されてから、長い年月が経過しましたが、過齢児問題は解決できません。2021年時点で、厚生労働省は以下の対策案を打ち出しています。

・「障害児入所施設」に、過齢児問題対策を担当するソーシャルワーカーを配置させ、重度障がい者の地域移行を推進させる。そのための報酬上の評価を創設する。

・現入所施設と都道府県や市町村、移行先候補の成人施設の関係者や団体が連携する、「移行調整の枠組み」を創設する。この枠組みの中で、新グループホームの整備も含めて、移行先の調整や受け皿整備の有効な方策を丁寧に整理する。この新たな「移行調整の枠組み」等を議論する実務者協議の場を厚生労働省に設け、令和3年夏までを目途に結論を得る。

・令和3年度末までを支給期間として、特例的な「経過的施設入所支援サービス費」と「経過的生活介護サービス費」を支給する方向で法令改正を検討する。最終的な特例期限は、すべての過齢児が円滑に移行できる施設整備の準備に要する期間を考慮して検討する。

要約すると、国は当面対策と根本対策の両面で予算を用意し、個別の課題解決は各地域が進めるという案です。過齢児問題は、各地域で官民が協力して課題解決に取り組む必要があります。

(本稿は2021年2月に執筆しました)