障害者権利条約の理想と日本の障がい者の現実

数々の法律や組織を整備して、2014年に日本は障害者権利条約を批准しました。条約は全50条。様々な障がい者の権利が規定されています。

2016年には「第一回日本政府報告」が取りまとめられました。その内容は、条約で規定された障がい者の権利は、それぞれ法律や組織により守られているとしています。

しかし偏見や差別をなくすことは簡単ではありません。形式は整えたものの、実態が伴わない障がい者の権利はあります。

多くの課題の中から、日本社会で根深い問題がある「障がい者の権利」の現実を紹介します。

〇司法における障がい者差別

日本の法律には「心神喪失」「心神耗弱」「精神錯乱」などの言葉がまだ残っています。また民事訴訟法には障がいを理由として訴訟提起を制限する規定や、刑事訴訟法には障がいによって訴訟能力がないとされる規定があります。ひどいケースでは、公判手続が長期間停止されたまま拘束が続く障がい者がいます。

民事裁判において手話通訳がついて証人尋問が行われる場合の手話通訳の費用は、訴訟費用として当事者負担となります。また裁判所がバリアフリーではなく、車椅子利用者が傍聴できない法廷は珍しくありません。

刑事事件で、知的障がいのある被疑者に対する情報保障や合理的配慮がなされずに誤った供述調書が作成され,それに基づき有罪認定をされた冤罪事件があります。

知的な障がい者が被害者の場合、取り調べに当たる警察官などが知的障害などの特性に精通していないことも多く、犯人の検挙に結びつかないケースがあります。

発達障がいがある男性が実姉を刺殺した殺人被告事件において、検察官の求刑を超える懲役刑が言い渡された事例があります。裁判官は、被告人が社会に復帰すれば再犯の恐れがあり、許される限り長期間刑務所に収容することで社会秩序の維持にも資すると言い渡しました。

警察を含めて司法における障がい者差別は、今なお続く、日本では根深い問題です。

〇精神障がい者の強制入院制度

3つの障がいの中でも、精神障がい者に対する人権無視は、長く日本に根付いている悪習です。

現在でも精神障がい者は、措置入院で行政処分による非自発的入院が強制されます。措置入院の要件には、自傷他害をする「おそれ」があることが含まれています。

また医療保護入院または応急入院と呼ばれる、本人の意思に反して家族等保護者の同意による非自発的入院制度も現存します。この場合、移送制度により自宅から病院まで同意のない強制的な搬送が可能です。

そして任意入院は、入院は任意ですが、退院は任意ではできないことされています。また、任意入院における精神障がい者本人の同意とは「積極的に拒んでいない状態を含む」とされ、 実際には強制入院として運用されているケースがあります。

入院中の障がい者に対しては、病院による行動の制限が認められています。

精神保健福祉法では、精神医療審査会で退院請求や処遇改善請求手続を審査することとされていますが、患者からの請求があった場合に審査する仕組みが中心なので、権利侵害のための調査権限を職権発動することはできません。また審査会の決定に対する患者からの不服申立制度はありません。

精神病院では、現在でも多くの死亡者がいるようですが、精神障がい者の人権に関する正確なデータは無い、または公表されていません。

〇後見人による代理意思決定

日本では成年後見制度により指定された後見人は、強力な権限を持ちます。それにより家族や親族による勝手な資産運用を防ぐことができますが、意思能力の低下した被後見人に対しても日常的な取引以外の法律行為を取り消すことができるため、他の者が介入できなくなります。

そのため、一般に客観的利益を重視し、本人の意思に反してでも代理代行決定を行います。つまり、本人の支援された意思決定を重視した制度にはなっていません。

そのため、後見人が地域で暮らす権利や本人の意思を十分に尊重しないまま、施設への入所を決定することがあります。さらには、本人の意思決定能力がある領域についてまで、代理判断することもあり得ます。

このため家庭裁判所は、被後見人等の本人の意思や選好,同意の有無にかかわらず、一定額以上の金融資産がある場合は、全ての金融資産を換価して信託銀行への預替えを行うよう後見人に求めますが、本人の支援された意思を無視しているので、障がいのある人への差別的な司法判断になります。

〇障がい者の低賃金

就労継続支援A型で平均賃金の25%以下、就労継続支援B型は最低賃金制度の対象外です。

また、生活保護受給者になった場合、身体障がいなどで移動に支障のある障がい者でも、自動車の保有や利用は贅沢扱いとされ、許可されません。

〇障がいのある女子への性暴力

障がいのある女性に対する性被害・性暴力に関して、公的な統計調査が存在しません。しかし民間団体が行った実態調査によれば,回答者の35%が性被害の体験があり、なかでも保護者による虐待が数多く報告されています。

知的又は心理社会的障がいのある女子は、性被害の対象にされやすい上に、すぐに被害を訴えられないなどの障がい上の特性があります。そのような女子を守る法律や制度、組織は未整備です。

〇なくならない施設内の障がい者虐待

次々に障がい者施設内での虐待、暴力事件が明るみになります。入所施設のみならず、名古屋市の養護学校でも、男性教諭が生徒に対し、足で蹴るなどの暴力をふるう、バットで床をたたく、暴言を吐くなどの虐待をしていたことが明らかになりました。

障がい者の安全は守られていません。

〇優生思想による差別意識

障がい者の生きる権利への侵害は、様々な形で現れます。

相模原での重度障がい者大量殺人事件、医師による重度障がい者の嘱託殺人・・・。

旧優生保護法が母体保護法に変わりましたが、2003年に精神障がいの男性が、不妊手術を受けることを条件に精神病院からの退院を認めると家族に強要されたと告発しました。

2013 年から新型出生前診断が実施されていますが、公開されている5年間のデータで、陽性だった人933 人の中で、妊娠を継続した妊婦は 26 人(2.8%)でした。

〇インクルーシブ教育

世界に遅れて分離教育を続けてきた日本。まだインクルーシブ教育は緒に就いたばかりです。

就学先決定において,本人や保護者の意向を可能な限り尊重することになりましたが、意向に反して特別支援学校へ就学決定される例は散見されるようです。

また一方で、本人や保護者の意思に基づいて、特別支援学校で学ぶ子どもたちが増加し、教室不足が問題になっていることも現実です。

〇インクルーシブ防災

自然災害の多い日本。東日本大震災では障がいのある人の死亡率が、被災住民全体の約2 倍だったことが締約国報告にも書かれています。

熊本地震では、福祉避難所として契約していたのに実際には開設できなかった施設もありました。

さらに東日本大震災や熊本地震では、仮設住宅はユニバーサルデザインではなく、入り口や室内に段差があり、住宅エリアの通路は砂利路面で車椅子では移動できない、仮設住宅地区に運行するバスがノンステップバスになっていないなどの問題がありました。

福祉避難所の確保、障がい者の個別避難計画の策定などが、各自治体で取り組まれています。発災時、復旧時、復興時のそれぞれの時期に必要な情報を、それぞれの障がい特性に配慮した形態で、行政や報道機関が発信する準備が進められています。

〇精神障がいのある外国人の入国拒否

日本では入国管理及び難民認定法5条1項2号の規定により、「精神上の障害」を理由に「その入国の拒否を認める」とされています。

日本政府の見解は、「外国人に入国の自由が保障されないことは,今日の国際慣習法上当然であると解するのがわが国の通説・判例であり、国際法上、国家が自己の安全と福祉に危害を及ぼすおそれのある外国人の入国を拒否することは,当該国家の主権的権利に属し,入国の拒否は当該国家の自由裁量による」としています。

つまり精神障がい者の入国拒否は、確信犯として行われています。

〇脱施設地域移行への財政不足と地域間格差

ノーマライゼーション、共生社会の実現に向けての取り組みは続けられています。

地域への移行を進めるには、駅や道路のバリアフリー化、グループホームなどの用意、訪問介護などのホームヘルプサービスの充実、そこで働く優秀な福祉スタッフの確保、障がい者が働ける場所、生活を支援する機器の用意など、お金がかかります。現在日本の障がい関係予算配分は、GDP比で約1%程度です。

脱施設、地域移行で特に進捗の遅れが目立つのは、精神障がい者です。2005 年に精神保健医療福祉改革ビジョンが策定され、地域で受け皿があれば退院可能と判断される精神病院入院患者約 7 万 2 千人を2015年までに地域移行する目標でしたが、実績は 2 万人弱となっています。

また自治体の財政状況により、移動支援や重度訪問介護、意思疎通支援の時間数や、日常生活用具の支給、障害者福祉と介護保険の併用、などで市町村格差が大きいことが問題です。

〇障がいの社会モデル、人権モデルの不徹底

ここまでは具体性のある事象で、問題がある「障がい者の権利」の現実を紹介してきました。次に制度設計や情報インフラからみた問題を紹介します。

各種法律の整備で、形式的には日本は、障がいの医学モデルから、社会モデル、人権モデルへ移行したことになっています。

しかしながら、障がい者福祉の基本となる、障害者手帳の区分や等級、難病指定、障害者総合支援法の障害支援区分制度、障害年金制度、障害者雇用促進法、成年後見など、重要な法律や制度は、障がいの医学モデルを基盤にしています。その結果、医学モデルによる「谷間の障害」という問題まで生み出しています。

障がいの社会モデル、人権モデルに変えるためには、どのような支援が必要な障がいがある人なのか、という観点で、基本設計から見直す必要があります。身障、知的、精神の区分や障がいの程度判定から、移動支援が必要な人、そのなかでも同行介助が必要な人と車椅子だけが必要な人など、人権の観点から、社会的な制約を排除する支援ができることが重要です。

〇客観的な事実を証明するデータが少ない

この先、世界から日本が厳しく注文されるのは、障がいに関する網羅性のある客観的でかつ信頼できるデータの提供だと思われます。

現状は、障がい者の実態がわからない、人権が守られているのか否か、改善されているのか否か、何もわからないといっても過言ではありません。

現存するデータは、地域単位や障がい区分別の断片的な集計数値や、アンケートで回収できた限りの断片的な情報などです。日本の障がい者の総人数ですら、推定値しかありません。

一般にデータ収集はコストがかかりますが、縦割り行政、地域割り行政の垣根を越えて、システムを活用して高効率かつ低コストに、網羅性のある正確なデータを収集することが求められています。

(本稿は2021年3月に執筆しました)

別稿で「0分で読める障害者権利条約全50条項のポイントだけをやさしく解説」を掲載しています。ご参照ください。

障がい者への差別・偏見・暴力・虐待の日本史

2020年、愛知県の障がい者施設で、入所者に暴力をふるい死亡させたとして、施設職員が逮捕されました。その後の公判で、被疑者は暴力行為を認めています。

現代でもこのような障がい者への犯罪が発生していますが、日本の歴史には、忘れてはならない障がい者への、差別や偏見そして暴力と虐待の史実があります。主な犯罪事件や非人間的な法律制度を紹介します。

先ず、日本史に刻まれる障がい者への暴力、虐待事件を紹介します。

〇精神病院内でのリンチ殺人事件

もっとも有名なのは1984年に発覚した宇都宮病院事件です。少なくとも6人の暴行死が疑われています。ベッド数920床の病院で、1981年からの3年間で入院患者が222人亡くなっています。被害の全貌は不明で、殺された患者の脳が、臨床実験に使用された疑いがあります。また入院患者の強制労働、そして生活保護費の横領も行われていました。

宇都宮病院での虐待、リンチ殺人はあまりにも凄惨ですが、大阪の栗岡病院や大和川病院などでも、入院患者のリンチ殺人の事実が判明しています。程度の差はあれ、1980年代までの精神病院内は、狂気が支配している閉鎖空間でした。

1970年から朝日新聞で連載された「ルポ・精神病棟」は、悪臭と寒気に包まれた劣悪な監禁室、リンチ代わりに行われる電気ショック、牢番となっている精神科医など、当時の精神病院のあり様を今に伝えています。

〇会社での搾取、暴力、性的暴行

1990年代には、働く障がい者への虐待事件がいくつも明るみになりました。虐待の対象となったのは主に知的障がい者です。

悪質な犯罪事件として歴史に刻まれる会社は「サングループ」「水戸アカス」「大橋製作所」「札幌三丁目食堂」などです。

住み込みで働く障がい者への暴行、食事を与えない、風呂に入れないなどの虐待、給与の未払い、障害者年金の搾取、長時間労働や休みを与えない強制労働、そして女性従業員への性的暴行。障がい者雇用にかかわる給付金の不正受給まで手を染めた経営者もいました。

このような雇用現場での虐待は、障がい者側の意識の変化などにより、被害者が声を上げて発覚しました。それが1990年代に多かったということで、多くの現場で古くから、知られていない虐待が行われていたはずです。

〇大規模施設での集団暴行

障がい者入所施設での暴力や虐待は、数多くの事実が明らかになっています。その中でも2013年に発覚した千葉県立「袖ケ浦福祉センター養育園」の事件は、日本史に刻まれる集団暴行です。発覚したきっかけは、19歳の入所者が職員による暴力で死亡した傷害致死事件です。

そして調査の結果、2005年から2013年の間に、職員15人が虐待に関与していたと認定。過去10年間で利用者23人の被害が確認されました。また過去3度にわたり告発や情報提供があったのに、放置されていた事実も確認されています。

袖ケ浦福祉センター養育園は定員が170人の大規模収容施設で、強度行動障がいなど重度の障がいがある人が多数入所していました。すでに2023年までに閉鎖されることが決まっています。

次に法律や制度による障がい者差別の歴史を紹介します。

〇精神病者監護法による私宅監置

明治政府によって1900年に制定された法律で、家族の責任で精神障がい者を自宅の座敷牢に閉じ込めることを定めています。そして座敷牢が障がい者を閉じ込める機能があるかを、警察がチェックする制度です。

私宅監置の対象になった障がい者は、現在でいう精神障がい者に加え、重度の知的障がい者や身体障がいもある重複障がい者が含まれていました。

1910年代に、ある大学教授が個人調査した結果、全国で十数万人の障がい者が、座敷牢に閉じ込められていると推計しています。

日本では現在でも、精神障がい者は、保護者と医師の判断で、あるいは裁判所の決定で、強制的に精神病院に措置入院できることが法律で規定されています。精神障がい者は社会に野放しにしておくと危険である、という精神病者監護法の考え方は、現在まで生き残っています。

〇2万人以上に不妊手術

2018年に、旧優生保護法により不妊手術を強いられた被害者が、全国で訴訟を起こしました。

1948年に制定された旧優生保護法は、1996年まで続いた法律です。対象は障がい者に加え、素行不良などの経歴がある人まで広がります。判明している被害者数は24,991人です。

1948年の国会での旧優生保護法の提案者の陳述は「子孫の将来を考えるような比較的優秀な階級の人々が産児制限を行い、無自覚者などはこれを行わんために、国民総質の低下、すなわち民族の逆淘汰が現れてくる恐れがあります」と記録されています。

障がい者の結婚、妊娠、出産に対する差別意識は、まだまだ現代社会にもあるのではないでしょうか。

〇重度障がい児の就学免除

すべての障がい児が義務教育を受ける権利を得たのは1979年です。それまで重度障がい児は就学猶予、就学免除とされ、本人や保護者が希望しても、小学校中学校に入学することは出来ませんでした。

ノーマライゼーションの8つの原理が提唱されたのは1969年です。それから10年後の1979年頃は、世界ではインクルーシブ教育が重視され始めています。

しかし日本では、1979年の全入学化を契機に、障がい児は養護学校に入学することが、むしろ強要されるようになりました。それまで普通学校に通学していた軽度の障がい児が、養護学校に転籍させられるケースもありました。この差別は、現在でも解消されたとは言えません。

2014年に、日本は障害者権利条約を批准しました。日本は、障がい者へのすべての差別、偏見、暴力、虐待を排除する義務があります。

(本稿は2021年3月に執筆しました)

別稿で「日本の障がい者福祉の歴史 知っておきたい過去の常識」を掲載しています。ご参照ください。

障がい者福祉の歴史 ノーマライゼーション8原理をやさしく解説

1969年に示されたノーマライゼーション8原理は、その後の世界の障がい者福祉を変えるほどの強い影響を与えました。8原理の内容と、世界の障がい者福祉の歴史を振り返ります。

〇20世紀半ばの先進国の障がい者福祉

1940年代までには、多くの先進国は、知的障がい者あるいは精神障がい者を隔離収容する大規模施設を、国の障がい者福祉政策として整備しました。

施設の一般的なイメージは、都市から離れた場所にあり、百人以上を収容する規模があり、その敷地は塀に囲まれ、入所者は外出することも家族と面会することもほとんどなく、男女別10人規模の大部屋に住み、管理者の指揮監督のもとに生活しています。

ただし多くの先進国の考え方は、日本の精神障がい者への考え方のような、障がい者は危険であり社会から排除すべきという考えとは違い、治すことが出来ない知的な障がいのある人は、施設に隔離収容することで本人の生命を維持するとともに、家族の負担、そして社会的な負担が軽減できるとしていました。必ずしも悪意によるのではなく、当時の正義にもとづく養護のための隔離収容です。

障がい者の施設への収容は、多くの場合医師の勧めによりました。主治医に悪意があるわけではなく、施設入所が、本人と家族にとって最善の選択であることが、当時の医学の常識でした。

しかし施設での現実の生活は、ほとんどの場合、入所者は非人間的な扱いをうけていました。世界で最も早くノーマライゼーションの議論が始まったスウェーデンでも、施設内の衛生状態の悪さ、職員による障がい者への虐待などが記録されています。

〇初期のノーマライゼーションの考え方

1940年代後半からスウェーデンで、次いでデンマークで、ノーマライゼーション的な概念が提唱されはじめました。そしてデンマークの1957年法で「知的障がい者の生活をできるだけ普通に近いものにする」ことが定められました。一般的にこの法律がノーマライゼーションの始まりとされています。

しかしこの時点では、ノーマライゼーションは理念として確立されていません。現在のノーマライゼーションの理念に近い考え方も提唱されていましたが、以下の2つの点で別の考え方が有力であったようです。

一つはノーマライゼーションの対象となる知的障がい者の範囲の考え方です。ある程度までの軽度の障がい者が対象で、最重度の障がい者は別枠で保護すべきという意見です。

もう一つは、大規模施設そのものを否定するのではなく、施設内での障がい者の待遇を普通に近づけるという意見です。

つまり、ある程度労働に従事できる障がい者は、施設の中でもっと普通の生活ができるように改善すべき、という考え方が主流でした。ノーマライゼーションとは何か、という定義がまだ曖昧です。

〇8原理3つのインパクト

1960年代に入り、北欧諸国で知的障がい者を対象にしたノーマライゼーションの概念がさらに広がります。そして現在のノーマライゼーションの理念を確立する8原理が1969年に提唱されました。様々な見方がありますが、本稿では3つのインパクトとして紹介します。

・わかりやすい定義

簡易な表現で成文化し、明確にノーマライゼーションとは何かが定義されました。

・大規模施設の存在を否定

原理の中で、障がい者収容施設そのものが明確に否定されています。

・すべての障がい者が対象

障がいの状況、程度にかかわらず、すべての人がノーマライゼーションの対象です。そして当時としては、障がい者福祉の目的が「養護」から「支援」になったという理解が一般的でしたが、現在の視点から読めば「人権」まで見据えた考え方です。

ノーマライゼーション8原理は、北欧から米国に広がり、そして世界に広まりました。多くの先進国で脱施設化が進み、そして障がい者権利条約に象徴される、現在の取り組みにまでつながります

〇8原理の解説

何がノーマルであるのかは、生きている時代、生活圏、文化圏などで異なります。そして障がいのある人の状況、生活条件、人生の目標、意志などにも依ります。8つの原理は、その意味は明確ですが具体性はありません。何を指しているのか、なるべく具体的なイメージが浮かぶように解説します。

1.ノーマルな一日のリズム

起床から就寝までの1日の生活がノーマルであること。

ノーマルなイメージとしては、毎日着替える、食事は食卓でとる、学校に行く、仕事に行く、お風呂に入るなどです。

アブノーマルなイメージは、一日中ベッドで横たわっている、施設職員の都合で早い時間に夕食をとる、そして大人でも20時に消灯するなどです。

2.ノーマルな一週間のリズム

曜日別のスケジュールがあり、一週間の中に勤勉・勤労と交友・娯楽などが行われること。

ノーマルなイメージとしては、平日は学校や仕事に励み、土日は休みで友人と遊ぶ、のんびり家で過ごすなどです。

アブノーマルなイメージは、毎日同じ部屋で、一人で過ごすことなどです。

3.ノーマルな一年間のリズム

季節の変化の中で様々なイベントにかかわること。

ノーマルなイメージとしては、楽しみな夏休みがある、正月は家族が集まる、誕生日を祝ってもらえるなどです。

アブノーマルなイメージは、きまりきった毎日をただ過ごすことです。

4.ノーマルなライフサイクルによる経験

人として当たり前の成長の過程をたどること。その結果、年齢を重ねればその分経験や知識が増え、また思い出に浸ることができる環境であること。

ノーマルなイメージとしては、子供のころはキャンプに行く、青年期はおしゃれに興味を持つ、大人になると仕事をして結果に責任をもつことなどです。

アブノーマルなイメージは、成人になっても小児のころと変わらない毎日しかないことなどです。

5.ノーマルな個人の尊厳と自己決定権

自由や希望による要求を主張でき、周囲もそれを認めて尊重すること。

ノーマルなイメージとしては、住みたいところに住む、働きたい仕事に就く、好きな時に好きなところへ遊びに行くなどです。

アブノーマルなイメージは、施設の部屋でただ毎日テレビを見ているなどです。

6.生活している文化圏にふさわしいノーマルな性的な生活

恋愛、交際、同居、結婚などができること。1969年当時は異性とのイメージですが、もちろん現在では限定されません。

ノーマルなイメージとしては、学校やサークル、職場などで、出会いの場があることです。

アブノーマルなイメージは、施設内での生活で出会いの場が全くない、独立して所帯を持てないことです。

7.生活している国にふさわしいノーマルな経済的生活水準

平均的な経済水準が保証され、公的な金銭的援助を受ける権利があり、一方で人としての責任を全うできること。

ノーマルなイメージとしては、児童手当、老齢年金、最低賃金基準法のような保障を受けて、自由に使えるお金があり、必要なものや好きなものが自己責任で買えることです。

アブノーマルなイメージは、支給された年金がすべて施設の利用費に吸い上げられ、自由に使えるお金ないことなどです。

8.生活している社会にふさわしいノーマルな環境形態

普通の場所、普通の大きさの家に住み、地域の人と関わり合いながら暮らすこと。この原理で明確に大規模施設の収容生活が否定されます。

ノーマルなイメージとしては、自宅、あるいはグループホームなどで、地域で生活することです。

アブノーマルなイメージは、空きがないので遠隔の入所施設に移住することなどです。

1969年に提唱されたノーマライゼーション8原理は、その後の障がい者福祉に大きな影響を与えています。

(本稿は2021年3月に執筆しました)

別稿で「日本の障がい者福祉 戦後から2020年まで75年の歴史をやさしく解説」を掲載しています。ご参照ください。