令和4年度版障害者白書「令和3年度障害者施策の概況」を内閣府が公表

2022年6月14日付で、障害者基本法に基づき政府が毎年国会に提出する「障害者のために講じた施策の概況に関する報告書」である「令和4年度版障害者白書」が内閣府から公表されました。HPから参照できます。

白書の大きな構成はほぼ例年通りで、令和3年度の施策を中心に、この20年間程度の歴史が総括されています。

記述に重点が置かれている令和3年度の施策は、障害者差別解消法に関すること、改正バリアフリー法に関することなどで、東京オリンピック・パラリンピックの取り組みとレガシーについても詳しく紹介されています。

白書では令和4年度に実施される予定の施策の一つに「障害者統計の充実」が取り上げられています。具体的には、総務省は社会生活基本調査で障がい者の日常生活への支障や生活時間の違いなどを把握し2022年内に調査結果の公表を予定していること。厚生労働省は2022年に実施する国民生活基礎調査において、障がい者の日常生活における機能制限の程度に関する状況を調査するとしています。

障害者統計は「障害者の権利に関する条約」に基づき国際社会から充実が求められています。日本は2016年6月に障害者権利委員会に初回の政府報告を提出しました。障害者権利委員会による報告書の審査が2022年8月・9月の会期において行われる予定です。令和4年は、障害者白書で総括されている日本の障がい者の現状について、国際社会からの評価を受ける年になります。

《生きるちから舎ニュース 2022年6月15日》

別稿で「障がい児政策 国連子どもの権利委員会から日本政府への勧告内容」を掲載しています。ご参照ください。

医療的ケア児への障がい者福祉 法律の歴史をやさしく解説

医療的ケア児に関する、障がい者福祉を規定する法律の歴史は驚くほど短く、2016年がその始まりです。2021年6月に成立した「医療的ケア児支援法」の概要と、そこに至る歴史のポイントを紹介します。

〇2021年6月新法が成立

2021年6月11日に「医療的ケア児支援法」が衆院本会議で可決成立しました。同年9月に施行される見込みです。

成立した正式名称「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」は、あくまで理念法であり、施行令、施行規則、そして今後の予算や事業者への報酬改定などはこれから検討されます。

「医療的ケア児支援法」が定めるポイントは、改正障害者総合支援法で各省庁および地方自治体の「努力義務」とされてきた医療的ケア児への支援が、「責務」に変わったことです。

自治体が支援の責務を負う施設は「保育所」「認定こども園」「家庭的こども園」、「幼稚園」、「小学校」「中学校」「高等学校」、もちろん「特別支援学校」、そして「放課後等デイサービス」。今後新しい制度による新支援組織ができれば、それも支援の対象になります。

また医療的ケア児に関するワンストップの相談機関「医療的ケア児支援センター」が、各都道府県に設立されます。

「医療的ケア児支援法」成立に至るまでの歴史を、以下簡潔に紹介します。

〇大島分類による初めての定義

戦後すぐに、近江学園など、重度の障がいのある子どもをケアする民間の動きが始まりましたが、日本で最初に重度で重複した障がいのある子どもを定義したのは、1968年に発表された「大島分類」とされています。それまでは社会的な意味で、重度重複障がい児の存在が、科学的に定義されることはありませんでした。

その後、障がい児・者福祉に関する法律は、様々な展開がありましたが、医療的ケア児問題に対する政治行政の動きが本格化するのは、2015年からです。

〇児童福祉法の改正

法律の中に医療的ケア児に関する文言が初めて明記されたのは、2016年に改正された児童福祉法です。ここまで長い年月がかかりました。

この2016年の改正法で、「医療的ケア児支援法」で「責務」と変わる前の、各省庁および地方自治体の「努力義務」が規定されました。

この法改正を契機に、自治体によっては、特別支援学校の看護職員を増員するなど、医療的ケア児に対する取り組みが始まりました。しかし自治体間の格差はあり、また取り組み始めた自治体でも、家族の介護負担が実際に大きく変わるほどの成果は、すぐにはありませんでした。

〇福祉サービスの報酬改定

医療的ケア児への努力義務が課せられた後の、2018年の障害福祉サービス報酬改定で、医療的ケア児への福祉サービスが拡充されることが期待されましたが、それほど大きな変化は起こりませんでした。

全体的な財源不足、縦割り行政の弊害などが指摘され、その結果として医療的ケア児を支援する新たな法整備が必要であることが議論されました。2016年の改正法では上手く進まなかったことが、2021年の新法成立につながったといえます。

行政サービスを加速させるために、もう一つ問題になったのは、医療的ケア児の定義です。

〇新判定基準の導入

その後厚生労働省による医療的ケア児の定義に関する調査研究が進み、2020年に「新判定スコア」が定まり、2021年度の報酬改定における医療的ケア児に係る報酬に適用されています。

この判定基準は14項目の医療的ケア行為の有無と、その行為の「見守りスコア」を組み合わせて、医療的ケア児の重度を定量化して評価するものです。

例えば「人工呼吸器」を使用していると「10点」。その見守りレベルが「直ちに対応」なら「プラス2点」、おおむね15分以内なら「プラス1点」、それ以外なら加点なしとスコア化されます。

大島分類から半世紀以上を経て、福祉行政サービスに医療的ケア児の定義が導入されました。

「医療的ケア児支援法」により、2021年度の下半期以降、新しい医療的ケア児への障がい福祉サービスが総合的に展開され、重度の障がいと共に生きる家族の人生が、良い方向に向かうことが期待されています。

(本稿は2021年6月に執筆しました)

別稿で「いつも一緒、医療的ケアが必要な障がいのある人と家族の悩み」を掲載しています。ご参照ください。

障害者権利条約の理想と日本の障がい者の現実

数々の法律や組織を整備して、2014年に日本は障害者権利条約を批准しました。条約は全50条。様々な障がい者の権利が規定されています。

2016年には「第一回日本政府報告」が取りまとめられました。その内容は、条約で規定された障がい者の権利は、それぞれ法律や組織により守られているとしています。

しかし偏見や差別をなくすことは簡単ではありません。形式は整えたものの、実態が伴わない障がい者の権利はあります。

多くの課題の中から、日本社会で根深い問題がある「障がい者の権利」の現実を紹介します。

〇司法における障がい者差別

日本の法律には「心神喪失」「心神耗弱」「精神錯乱」などの言葉がまだ残っています。また民事訴訟法には障がいを理由として訴訟提起を制限する規定や、刑事訴訟法には障がいによって訴訟能力がないとされる規定があります。ひどいケースでは、公判手続が長期間停止されたまま拘束が続く障がい者がいます。

民事裁判において手話通訳がついて証人尋問が行われる場合の手話通訳の費用は、訴訟費用として当事者負担となります。また裁判所がバリアフリーではなく、車椅子利用者が傍聴できない法廷は珍しくありません。

刑事事件で、知的障がいのある被疑者に対する情報保障や合理的配慮がなされずに誤った供述調書が作成され,それに基づき有罪認定をされた冤罪事件があります。

知的な障がい者が被害者の場合、取り調べに当たる警察官などが知的障害などの特性に精通していないことも多く、犯人の検挙に結びつかないケースがあります。

発達障がいがある男性が実姉を刺殺した殺人被告事件において、検察官の求刑を超える懲役刑が言い渡された事例があります。裁判官は、被告人が社会に復帰すれば再犯の恐れがあり、許される限り長期間刑務所に収容することで社会秩序の維持にも資すると言い渡しました。

警察を含めて司法における障がい者差別は、今なお続く、日本では根深い問題です。

〇精神障がい者の強制入院制度

3つの障がいの中でも、精神障がい者に対する人権無視は、長く日本に根付いている悪習です。

現在でも精神障がい者は、措置入院で行政処分による非自発的入院が強制されます。措置入院の要件には、自傷他害をする「おそれ」があることが含まれています。

また医療保護入院または応急入院と呼ばれる、本人の意思に反して家族等保護者の同意による非自発的入院制度も現存します。この場合、移送制度により自宅から病院まで同意のない強制的な搬送が可能です。

そして任意入院は、入院は任意ですが、退院は任意ではできないことされています。また、任意入院における精神障がい者本人の同意とは「積極的に拒んでいない状態を含む」とされ、 実際には強制入院として運用されているケースがあります。

入院中の障がい者に対しては、病院による行動の制限が認められています。

精神保健福祉法では、精神医療審査会で退院請求や処遇改善請求手続を審査することとされていますが、患者からの請求があった場合に審査する仕組みが中心なので、権利侵害のための調査権限を職権発動することはできません。また審査会の決定に対する患者からの不服申立制度はありません。

精神病院では、現在でも多くの死亡者がいるようですが、精神障がい者の人権に関する正確なデータは無い、または公表されていません。

〇後見人による代理意思決定

日本では成年後見制度により指定された後見人は、強力な権限を持ちます。それにより家族や親族による勝手な資産運用を防ぐことができますが、意思能力の低下した被後見人に対しても日常的な取引以外の法律行為を取り消すことができるため、他の者が介入できなくなります。

そのため、一般に客観的利益を重視し、本人の意思に反してでも代理代行決定を行います。つまり、本人の支援された意思決定を重視した制度にはなっていません。

そのため、後見人が地域で暮らす権利や本人の意思を十分に尊重しないまま、施設への入所を決定することがあります。さらには、本人の意思決定能力がある領域についてまで、代理判断することもあり得ます。

このため家庭裁判所は、被後見人等の本人の意思や選好,同意の有無にかかわらず、一定額以上の金融資産がある場合は、全ての金融資産を換価して信託銀行への預替えを行うよう後見人に求めますが、本人の支援された意思を無視しているので、障がいのある人への差別的な司法判断になります。

〇障がい者の低賃金

就労継続支援A型で平均賃金の25%以下、就労継続支援B型は最低賃金制度の対象外です。

また、生活保護受給者になった場合、身体障がいなどで移動に支障のある障がい者でも、自動車の保有や利用は贅沢扱いとされ、許可されません。

〇障がいのある女子への性暴力

障がいのある女性に対する性被害・性暴力に関して、公的な統計調査が存在しません。しかし民間団体が行った実態調査によれば,回答者の35%が性被害の体験があり、なかでも保護者による虐待が数多く報告されています。

知的又は心理社会的障がいのある女子は、性被害の対象にされやすい上に、すぐに被害を訴えられないなどの障がい上の特性があります。そのような女子を守る法律や制度、組織は未整備です。

〇なくならない施設内の障がい者虐待

次々に障がい者施設内での虐待、暴力事件が明るみになります。入所施設のみならず、名古屋市の養護学校でも、男性教諭が生徒に対し、足で蹴るなどの暴力をふるう、バットで床をたたく、暴言を吐くなどの虐待をしていたことが明らかになりました。

障がい者の安全は守られていません。

〇優生思想による差別意識

障がい者の生きる権利への侵害は、様々な形で現れます。

相模原での重度障がい者大量殺人事件、医師による重度障がい者の嘱託殺人・・・。

旧優生保護法が母体保護法に変わりましたが、2003年に精神障がいの男性が、不妊手術を受けることを条件に精神病院からの退院を認めると家族に強要されたと告発しました。

2013 年から新型出生前診断が実施されていますが、公開されている5年間のデータで、陽性だった人933 人の中で、妊娠を継続した妊婦は 26 人(2.8%)でした。

〇インクルーシブ教育

世界に遅れて分離教育を続けてきた日本。まだインクルーシブ教育は緒に就いたばかりです。

就学先決定において,本人や保護者の意向を可能な限り尊重することになりましたが、意向に反して特別支援学校へ就学決定される例は散見されるようです。

また一方で、本人や保護者の意思に基づいて、特別支援学校で学ぶ子どもたちが増加し、教室不足が問題になっていることも現実です。

〇インクルーシブ防災

自然災害の多い日本。東日本大震災では障がいのある人の死亡率が、被災住民全体の約2 倍だったことが締約国報告にも書かれています。

熊本地震では、福祉避難所として契約していたのに実際には開設できなかった施設もありました。

さらに東日本大震災や熊本地震では、仮設住宅はユニバーサルデザインではなく、入り口や室内に段差があり、住宅エリアの通路は砂利路面で車椅子では移動できない、仮設住宅地区に運行するバスがノンステップバスになっていないなどの問題がありました。

福祉避難所の確保、障がい者の個別避難計画の策定などが、各自治体で取り組まれています。発災時、復旧時、復興時のそれぞれの時期に必要な情報を、それぞれの障がい特性に配慮した形態で、行政や報道機関が発信する準備が進められています。

〇精神障がいのある外国人の入国拒否

日本では入国管理及び難民認定法5条1項2号の規定により、「精神上の障害」を理由に「その入国の拒否を認める」とされています。

日本政府の見解は、「外国人に入国の自由が保障されないことは,今日の国際慣習法上当然であると解するのがわが国の通説・判例であり、国際法上、国家が自己の安全と福祉に危害を及ぼすおそれのある外国人の入国を拒否することは,当該国家の主権的権利に属し,入国の拒否は当該国家の自由裁量による」としています。

つまり精神障がい者の入国拒否は、確信犯として行われています。

〇脱施設地域移行への財政不足と地域間格差

ノーマライゼーション、共生社会の実現に向けての取り組みは続けられています。

地域への移行を進めるには、駅や道路のバリアフリー化、グループホームなどの用意、訪問介護などのホームヘルプサービスの充実、そこで働く優秀な福祉スタッフの確保、障がい者が働ける場所、生活を支援する機器の用意など、お金がかかります。現在日本の障がい関係予算配分は、GDP比で約1%程度です。

脱施設、地域移行で特に進捗の遅れが目立つのは、精神障がい者です。2005 年に精神保健医療福祉改革ビジョンが策定され、地域で受け皿があれば退院可能と判断される精神病院入院患者約 7 万 2 千人を2015年までに地域移行する目標でしたが、実績は 2 万人弱となっています。

また自治体の財政状況により、移動支援や重度訪問介護、意思疎通支援の時間数や、日常生活用具の支給、障害者福祉と介護保険の併用、などで市町村格差が大きいことが問題です。

〇障がいの社会モデル、人権モデルの不徹底

ここまでは具体性のある事象で、問題がある「障がい者の権利」の現実を紹介してきました。次に制度設計や情報インフラからみた問題を紹介します。

各種法律の整備で、形式的には日本は、障がいの医学モデルから、社会モデル、人権モデルへ移行したことになっています。

しかしながら、障がい者福祉の基本となる、障害者手帳の区分や等級、難病指定、障害者総合支援法の障害支援区分制度、障害年金制度、障害者雇用促進法、成年後見など、重要な法律や制度は、障がいの医学モデルを基盤にしています。その結果、医学モデルによる「谷間の障害」という問題まで生み出しています。

障がいの社会モデル、人権モデルに変えるためには、どのような支援が必要な障がいがある人なのか、という観点で、基本設計から見直す必要があります。身障、知的、精神の区分や障がいの程度判定から、移動支援が必要な人、そのなかでも同行介助が必要な人と車椅子だけが必要な人など、人権の観点から、社会的な制約を排除する支援ができることが重要です。

〇客観的な事実を証明するデータが少ない

この先、世界から日本が厳しく注文されるのは、障がいに関する網羅性のある客観的でかつ信頼できるデータの提供だと思われます。

現状は、障がい者の実態がわからない、人権が守られているのか否か、改善されているのか否か、何もわからないといっても過言ではありません。

現存するデータは、地域単位や障がい区分別の断片的な集計数値や、アンケートで回収できた限りの断片的な情報などです。日本の障がい者の総人数ですら、推定値しかありません。

一般にデータ収集はコストがかかりますが、縦割り行政、地域割り行政の垣根を越えて、システムを活用して高効率かつ低コストに、網羅性のある正確なデータを収集することが求められています。

(本稿は2021年3月に執筆しました)

別稿で「0分で読める障害者権利条約全50条項のポイントだけをやさしく解説」を掲載しています。ご参照ください。