より良い社会になるために 障害者差別解消法の改正に向けた議論

2016年4月に施行された「障害者差別解消法」は、施行3年後に検討を加えることが規定されています。同法の現状と改正について「障害者政策委員会」で議論が行われています。2020年5月に開催された第51回委員会までの主な論点を紹介します。

〇差別の定義・概念の明確化

現行法では、障害者差別とは何かという定義や概念が抽象的に定められています。これは差別の実態が個々のケースで様々であり、差別については個別に判断されるべきと考えられたからです。

法律での具体性のなさを補うために、事例集など、基本的な考え方と具体例を別に示し、国民の間に認識の共有が図られてきました。

近年の議論では、法律で差別の定義を明確化することで、より差別の解消が進むという意見があります。

逆に、明確化することで、それに該当しないケース、あるいは今後の社会の変化に即応できない問題が指摘されています。

差別解消法の改正だけではなく、障害者基本法や障害者基本計画の見直しと連動させて、差別の定義・概念の明確化を進めるべき、という意見が現時点の主流です。

〇民間事業者の合理的配慮法的義務

現行法では合理的配慮について、国の行政機関や地方公共団体等については法的義務があり、事業者には努力義務が課せられています。事業者は対応指針を参考にして、自主的に取り組むことが定められています。

事業者に対しても法的義務を課し、社会全体の差別解消を進めるべきという意見があります。

その場合、中小事業者に過度の負担が発生する可能性、あるいは事業者が訴訟されるリスクなどが予見され、法律上で合理的配慮の範囲や内容などを明確にしておく必要があります。

そもそも合理的配慮とは、多様で個別性が高いものなので、範囲や内容を法律で明確に定める性質ではありません。

合理的な配慮とは、障害者と事業者の建設的な対話による相互理解を通じた解決が重要です。そのため、単に法律上で義務を課すのではなく、行政による相談窓口の強化、相談対応を行う専門スタッフの育成など、建設的な対話が進む環境の整備と一体になった議論が必要とされています。

現時点では「相談・紛争解決の体制整備」と連動した検討を進めるという意見が主流です。

〇相談・紛争解決の体制整備、各地域間の情報共有

現行法では、国や地方自治体は障害者からの相談に応じ、問題を解決する体制の整備が求められています。また各地域での取り組みを進める枠組みとして、障害者差別解消支援地域協議会を組織することが出来るとされています。

しかし現状は地域での対応に格差があり、相談窓口が不明確な地域、相談員の専門性に問題がある地域、また市町村レベルでは協議会の設置は48%にとどまっています。そのため、協議会設置の義務化など、法律で体制整備を強化する意見があります。

問題解決のための検討の方向性としては、窓口の明確化、国と地方の役割分担の整理、専門スタッフの育成、事例の情報共有化とそれに基づく事前的な改善措置の促進などが提唱されています。

その中で、都道府県による市町村の地域協議会設置等の支援、複数の地域協議会の間での情報共有等の促進は、法律で義務付けるべき、という意見がでています。

「障害者政策委員会」は、「障害者権利条約」が設置を求める「条例の実施を監視するための枠組み」を担う組織です。「障害者差別解消法」改正にむけて、委員会で議論が行われています。この議論の結果は政府に答申されます。

(本稿は2020年6月に執筆しました)

別稿で「障害者基本法が定めていることをやさしく解説」を掲載しています。ご参照ください。

10分で読める「障害者権利条約」全50条項のポイントだけをやさしく解説

日本が2014年に批准書を国連に寄託した「障害者の権利に関する条約」は、障害者に関する初めての国際条約です。条約は「前文」から「第50条」で構成されます。各条項で定められているポイントだけを分かりやすく紹介します。

「前文」

A項からY項まで25項目あり、条約締約国が協定する基本的な認識を網羅的に整理しています。

ポイントは3点に集約されます。

・障害者を含めすべての人は大切な存在で平等である

・しかしその原則は、しばしば危険にさらされる

・したがって条約国は、権利の保護に全力を尽くす

第1条「目的」

障害者の人権と自由を守る条約であることが明言されています。

第2条「定義」

条約上の以下の5つの用語の定義が記載されています。

・意思疎通

・言語

・障害に基づく差別

・合理的配慮

・ユニバーサルデザイン

「合理的配慮」の概念的な定義は、この第2条で定められています。

第3条「一般原則」

条約の8原則が定められています。一部簡略して紹介します。

・人の尊厳、自律、自立の尊重

・無差別

・社会への参加と包容

・障害者の受け入れ

・機会均等

・アクセスビリティ(施設やサービスを容易に利用できること)

・男女平等

・障害児の尊重

第4条「一般的義務」

締約国は、立法的、行政的、その他あらゆる措置を行い、条約の実現を図ることがうたわれています。

またその実行過程で、障害当事者に関与させることが定められています。

第5条「平等及び無差別」

障害による差別の禁止、法律上の平等、合理的配慮の提供を義務付けています。

第6条「障害のある女子」

特に女子に対する差別の禁止と、能力開発の措置を強く定めています。

第7条「障害のある児童」

特に児童の人権、権利の平等、児童にとって最善の利益がある措置の実施を定めています。

第8条「意識の向上」

障害者に対する社会の意識の向上を求めています。「心のバリアフリー」施策などに通じる条項です。また障害者の能力や貢献に対する社会の意識向上も求めています。

第9条「施設及びサービス等の利用の容易さ」

バリアフリー推進を定めた条項です。段差解消、点字、手話、情報化など、その内容は多岐にわたります。

第10条「生命に対する権利」

障害者の生きる権利を守るすべての必要な措置をとることを定めています。

第11条「危険な状況及び人道上の緊急事態」

戦争や災害において、障害者の保護、安全確保を行うことが義務付けられています。

第12条「法律の前にひとしく認められる権利」

障害者が法律上平等であり、法的能力があることを絶対的な条件として、特に権利や利益の平等、財産の保証などを強く求めています。

第13条「司法手続の利用の機会」

障害者が平等に司法的な手続きを行えること。そして特に警察官と刑務官など司法に係る人に対して、適切な研修を行うことを求めています。

第14条「身体の自由及び安全」

障害者の不当な自由のはく奪が行われないことを特に明記しています。

第15条「拷問又は残虐な、非人間的な若しくは品位を傷つける取り扱い若しくは刑罰からの自由」

障害者が標記の行為を受けないこと。また「自由な同意なしに医学的または科学的実験を受けない」ことを定めています。

第16条「搾取、暴力及び虐待からの自由」

標記の通りの概要です。第3項において「障害者に役立つことを意図した全ての施設及び計画が独立した当局により効果的に監視されることを確保する」としています。

第17条「個人をそのままの状態で保護すること」

障害者は「その心身がそのままの状態で尊重される権利を有する」と定めています。短い条文ですが、人類の暗い過去の歴史に基づく深い意味がある定めです。

第18条「移動の自由及び国籍についての権利」

障害者の移動、居住、国籍の権利を認める条文です。

その中で障害児について、出生後すぐに登録されて氏名を有する権利と国籍を取得する権利、そして父母を知る権利、その父母によって養育される権利があることが明記されています。

第19条「自立した生活及び地域社会への包容」

施設から地域への移行を定めた条項です。この中で、障害者の生活の場の自由な選択、必要なサービスを受ける権利、そして一般向けのサービスにおける合理的な配慮の提供が明記されています。

第20条「個人の移動を容易にすること」

バリアフリー関連の条項です。ここでは費用負担をなるべく減らすこと、そして移動を支援するスタッフの育成、補助具の生産奨励を求めています。

第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」

手話や点字など障害者が利用しやすい意思疎通の手段を提供することを定めて、マスメディアなど民間にも奨励することを求めています。

第22条「プライバシーの尊重」

障害者も平等にプライバシーに関して法律の保護を受けることを定めています。

第23条「家庭及び家族の尊重」

婚姻、家族、親子関係などにおいて、障害者の差別をなくすことを定めています。具体的には以下の事項です。

・自由意思で結婚が出来て、子供を出生出来て、家族が形成できることを認める

・障害者が子供を養育するにあたっては、適切な援助を与える

・障害のある児童と家族に対して、必要な支援を提供する

・障害を理由に家族を分離してはならない、ただし家族が障害のある児童を監護できない場合は、最善の代替監護を提供する

第24条「教育」

教育の機会均等を定めた長文の条項です。以下の事項の記載があります。

・障害のある児童が初等、中等の義務教育から排除されないこと

・一般的な教育制度に基づきながら、個別化された指導措置と、個人に必要とされる合理的な配慮が提供されること

・障害者教育の専門知識、手話点字など専門技能をもった教員を育成すること

第25条「健康」

医療、保健サービスの平等な提供を定めています。その中から3点を紹介します。

・農村であっても、サービスは障害者の近くで提供すること

・保健に従事するスタッフに障害者へのサービスに係る教育研修を行うこと

・法律で認められている場合は、生命保険の提供においても差別を禁止すること

第26条「ハビリテーション及びリハビリテーション」

条約国は障害者へのハビリテーション及びリハビリテーションに力を入れることを定めています。25条と似ていますが、以下の記載があります。

・なるべく早期に開始すること

・農村であっても、サービスは障害者の近くで提供すること

・専門家の育成と補装具や支援機器の促進を行うこと

第27条「労働及び雇用」

労働の平等な権利と障害者差別の禁止を定めた条項です。一般的なルールに加えて、以下が明記されています。

・公的部門において障害者を雇用すること

・適当な政策及び措置を通じて、民間の障害者雇用を促進すること

・職場で障害者への合理的配慮が提供されることを確保すること

・障害者が隷属状態および強制労働から保護されることを確保すること

第28条「相当な生活水準及び社会的な保障」

衣食住など生活レベルと社会保障について、障害者に差別のない権利を保障することを求めています。その中で特に、清浄な水のサービス、障害のある女子と高齢者の貧困対策、公営住宅の利用機会を求めています。

第29条「政治的及び公的活動への参加」

障害者の選挙権、公民権、公的機関での活動の権利を保障する条項です。投票所のバリアフリー化にも言及しています。そして次の記載があります。

・当該障害者により選択される者が投票の際に援助することを認めること

第30条「文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加」

障害者がアートに接する機会、スポーツなどに参加する機会を積極的に促進することを求めています。そのための施設のバリアフリー化や鑑賞料の減免化などの方向性を抽象的に表現しています。

その中で、締約国の知的財産権保護の法律が、障害者が文化的な作品を享受する機会を妨げる不当な障壁にならないことを求めています。

第31条「統計及び資料の収集」

障害者に関する事実データの収集と公開について、締約国の責任に触れています。その一方で、障害者のプライバシーへの配慮を求めています。

第32条「国際協力」

障害者を包容する国際的な開発計画を進め、各国間で情報や技術を共有し、相互に技術援助や経済援助を行うことを推奨しています。

ただしこの条項は「義務ではない」とされています。

第33条「国内における実施及び監視」

政府内に条約の実施と調整を行う組織をつくること。そして国内に監視する枠組みを整備することを求めています。その中で、障害者当事者が監視の過程に参加、関与することを定めています。

第34条「障害者の権利に関する委員会」

締約国が包括的な報告をする委員会の規定を定めた条項です。委員は18名で、地理的、文明形態や法体系的、そして男女が衡平に選出されること、障害のある専門家が参加することが定められています。

第35条「締約国による報告」

34条で定めた委員会への報告義務が定められています。初回は2年以内、以後は4年以内に報告書を提出します。

報告には条約の義務の履行が困難なことも記載できる、とされています。

第36条「報告の検討」

35条で定めた報告を34条の委員会が検討します。検討結果によっては報告国に勧告や追加要請ができること、また報告が著しく遅れている締約国には通報ができるとされています。

また35条の報告は、各国が自国内で公開すること、国連は全ての条約国が利用できるようにすることが求められています。

第37条「締約国と委員会との間の協力」

各国と34条で定める委員会が、相互に協力することを求めています。

第38条「委員会と他の機関との関係」

同委員会は、条約内容に関連する専門機関や国連の機関に、助言の要請や協議ができるとされています。

第39条「委員会の報告」

委員会は2年毎に国連などに活動を報告し、各国への勧告やその国からの意見は、報告に記載することを定めています。

第40条「締約国会議」

2年毎に締約国会議を国連事務総長が招集することが定められています。

第41条「寄託者」

条約の寄託者は国連事務総長とします。

第42条「署名」

条約は全ての国の署名のために国連本部で開放しておきます。

第43条「拘束されることについての同意」

条約は署名国によって批准されなければなりません。

第44条「地域的な統合のための機関」

特定地域の締約国によって構成される機関に、条約が規律する事項に関して権限を委譲することができます。

第45条「効力発生」

条約が有効になる日を定めました。すでに効力は発生しています。

第46条「留保」

条約に反する留保は認めません。

第47条「改正」

締約国の三分の二以上の賛成で、条約は改正できます。

第48条「廃棄」

条約を廃棄する場合は、国連事務総長に書面で通告します。その1年後に条約の締約は廃棄されます。

第49条「利用しやすい様式」

条約の本文は、利用しやすい様式で提供される、としています。

第50条「正文」

条約の正文は、アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語と定めています。したがって日本語は正文ではありません。

以上が「障害者権利条約」全50条項のポイントです。

(本稿は2020年6月に執筆しました)

別稿で「日本の障がい者福祉 戦後から2020年まで75年の歴史をやさしく解説」を掲載しています。ぜひご覧ください。

不当な障害者差別 合理的配慮の不提供には該当しない事例紹介

2016年に施行された「障害者差別解消法」により「障害者差別の解消」と「合理的配慮の提供」が求められています。

法の施行から年月が経ちましたが、個別の問題では対応の判断に悩ましいケースが多々あります。

施行の翌年に内閣府がまとめた「合理的配慮の提供等事例集」より、「不当な差別的取り扱い、合理的配慮の不提供に当たらない事例」から、判断が悩ましい事例を抜粋して紹介します。改めて障害者差別、合理的配慮の考え方の参考にしていただければ幸いです。

「地域による行政サービスの格差」

A市とB市で独自に取り組んでいる福祉行政サービスにおいて、適用条件やサービス内容に格差があっても、そのことは不当な差別的取り扱いには当たらない。

「障害種別による減免制度の違い」

障害者割引が、身体障害者と知的障害者に適用され、精神障害者には適用されないケースがあるが、「積極的改善措置」なので、不当な差別的取り扱いには当たらない。

「相談時間や回数の制限」

一人の相談者が相談し続けることで、他の相談者が長時間待たされる場合などは、障害者に対して、対応時間や回数に区切りをつけても合理的配慮の不提供には該当しない。

「障害者が要求するサービス水準の充足」

年金の支給金額、福祉サービスの利用回数、また学校や一般店舗でのスタッフの恒常的な配置などについて、障害者からの希望と合わない点があっても、そのことでは合理的配慮の不提供には該当しない。

「スロープ・エレベーターがない施設」

公共施設、民間施設とも、段差があるのにスロープ・エレベーターがない場合、環境整備の問題なので、そのことでは合理的配慮の不提供には該当しない。

「身体介助要請への対応」

障害者から飲食店での食事介助、温泉施設での入浴介助などを頼まれても、身体介護行為を事業の一環として行っていないなら、断っても合理的配慮の不提供には該当しない。

「移動困難者からの個別要望」

自宅への送迎やイベントのネット中継など、移動が困難な障害者からの個別の要望は、その行為を事業として行っていないなら、断っても合理的配慮の不提供には該当しない。

「車椅子席の料金」

コンサートなどでA席が5,000円、B席が2,500円の料金で、車椅子鑑賞が出来る席がA席しかない場合、車椅子利用の障害者がB席を希望したとしても、事情を説明してA席での観覧を勧めても合理的配慮の不提供には該当しない。A席の料金を値下げする義務もない。

いずれも現実に発生すると、対応に苦慮するケースです。ひとつの判断材料として事例集をお役立てください。

ただし同じようなケースでも、小さな状況の違いによって、対応を変えるべきケースが想定されます。柔軟で合理的な判断が求められています。

(本稿は2020年5月に執筆しました)

別稿で「障がい者側から合理的配慮の不提供と指摘された事業者の対応事例」を掲載しています。ご参照ください。