2020年代の福祉政策「地域共生社会」と「新事業」をやさしく解説

「地域共生社会」と「新事業」をやさしく解説

2040年代に高齢化社会がピークに達する日本の、これからの福祉政策はどうあるべきか。「地域共生社会推進検討会」の「最終とりまとめ」が、2019年12月末に提出されました。2020年代からの福祉政策の方向性を提言した報告書です。内容は従来の福祉行政の枠を超えて、社会政策全般に及びます。提言の骨子と、重度重複障がい者とその家族から見たポイントを紹介します。

また2020年6月に、地域共生社会を体現する「重層的支援体制整備事業」を行う法改正が可決しました。この新事業の方向性を紹介します。

〇過去の福祉政策から変換すべきポイント

・制度の枠を超える

障害福祉、児童福祉、高齢者介護、生活保護等の制度の枠組みを超えた事業を創出する。

・福祉の政策領域を超える

保健、医療など社会保障領域、成年後見制度等の権利擁護、再犯防止・更生支援、自殺対策など対人支援領域全体を俯瞰した事業を創出する。

・特定された課題解決を超える

障害、貧困、就労など、個人が抱える問題を解決に導くだけではなく、専門家が継続的に「伴走」して相談支援を行う制度を設計する。

【解説】

これまでの障害者福祉は、想定される一般的な課題を解決するために、縦割り行政の枠組みで、現金給付、現物給付、あるいは福祉サービスが提供されてきました。これからの障害者福祉は、一人ひとりの抱える様々なニーズに対し、必要な支援を包括的に提供できる仕組みを目指します。

〇3つの支援政策と財政支出方針

・事業の枠組み

新しい事業は「断らない相談支援」、「社会とのつながりや参加の支援」、「地域づくりに向けた支援」を一体的に行う。

・共有プロセス重視

新たな事業の意義の一つは、地域住民や関係機関等と議論を行い、考え方等を共有するプロセス自体にあるので、任意事業として段階的に実施する。

・市町村が裁量を発揮できる仕組み

市町村が地域住民とプロセスを共有して構築する事業を柔軟に支えるために、国の財政支援が行われる設計にする。

ただし「障害者福祉」など既存の制度で保障されている水準は守られるべき。

【解説】

これまでに構築された公的な保障やセーフティネット機能を、否定しているのではありません。それだけでは解決できない、個別複雑な課題に対する社会的な取り組みを提言しています。

全国一律の行政サービスではなく、各地域の実情にあったサービスを、官民一体になって地域単位で創り上げるべき、としています。したがって新サービスの各論は提言されていません。

また地域の財政状況でサービス格差が起こらないように、国による適切な財政支出を求めています。

〇「断らない相談支援」の具体的なイメージ

・全ての相談を受け止める

医療、貧困、教育、介護そして引きこもりや家庭内暴力など、すべての相談を受け止め、自ら解決する、または関係機関につなぐ機能をもつ。

さらに相談に来ないケースにも、問題が顕在化する前に地域の情報を把握し、アウトリーチにより積極的に関与する。

・世帯全体を支援する関係者を調整する

例えば、母親が障害者で、父親が失業中、子供が不登校で家出を繰り返す世帯があった場合、その支援には複数の機関の取り組みが必須になる。「断らない相談支援」は、その協働の中核になる。

・継続的に支援する

いったんは課題が解決に向かった場合でも、組織的につながり続ける地域支援活動の中核になる。

【解説】

縦割り行政と、全国一律的な福祉サービス基準が起因になり、これまでの行政福祉窓口は、自分の担当範囲の相談を受ける機関でした。これからはワンストップで全ての相談を受け付ける機関が必要です。

また問題を抱えながら相談に来ない世帯への積極的なアプローチ、問題が解決した世帯への継続的な支援を重視しています。

例えば、重度重複障がいのある幼児を抱えて途方に暮れる家族などに、早期から総合的な支援が届く事業などが期待されます。

〇重度重複障がい者にとっての「社会とのつながりや参加の支援」

・既存の制度の狭間のニーズに対応する

社会参加に向けた支援は、介護、障害、子ども、生活困窮など属性毎の現状の制度においても、それぞれの属性の特徴に対応した支援をすでに充実させている。

例えば、生活困窮者の就労体験に経済的な困窮状態にない世帯のひきこもりの状態にある者を受け入れるなど、これからは制度の狭間のニーズに対応すべき。

・既存の地域資源の活用

地域の空き家を使って、地域のボランティアが勉強を教える場所を作り、学校とも連携しつつ、不登校の生徒に参加を働きかけ、支援を行うなど、地域による工夫が重要。

・国の財政支援

地域資源と支援対象者との間を取り持つ機能に必要な経費に対し、国として財政支援を行うことを検討すべきである。

【解説】

この枠組みは、就労支援、居住支援、学習支援などにおいて、現状の制度ではカバーされない人も対象にすること。そして福祉行政の枠を超えて地域創生や町づくりなどを考慮すること。その地域の個別施策に対して、国の財政を支出することを提言しています。

就労や一人暮らしなどが難しいレベルの重度重複した障がいのある人と家族にとっては、例えば既存の施設を活用して、緊急的な家族のレスパイトケアの要望に、スピーディーな支援を行う事業などが想定されます。

〇福祉の領域を超えた「地域づくりに向けた支援」の概念

・場や居場所の確保支援

住民同士が出会い参加することのできる場や居場所の確保に向けた支援。

・地域づくりのコーディネート機能

ケアし支え合う関係性を広げ、交流・参加・学びの機会を生み出すコーディネート機能を創出。

・地域全体を俯瞰する視点

地域づくりにおいては、福祉の領域を超えて、まちづくり・地域産業など他の分野の可能性も広げる連携・協働を強化することが必要。

【解説】

「人と人とのつながりそのものがセーフティネットの基礎となる」という考え方がベースです。「地域における出会いや学びの場を作り出し、多様なつながりや参加の機会が確保されることで、地域の中での支え合いや緩やかな見守りが生まれる」という理念です。

「こども食堂」や「認知症カフェ」などが、事業の一つのイメージ例です。

重度重複障がいがある人とその家族にとって、地域の人に存在と悩みを正しく知ってもらうことは重要ですが、どのような事業が真に有効なのかは、これからの検討です。

〇2020年6月5日可決「改正社会福祉法」の概要

「地域共生社会」の実現に向けて法改正が行われました。その中に「市町村が任意で行う新事業を設け、既存制度の国の補助金を再編して交付金を創設する」ことが規定されています。

新事業の名称は「重層的支援体制整備事業」。参議院の付帯決議では「新事業の実施に当たり社会福祉士や精神保健福祉士が活用されるよう努めること」とされました。

新事業では、高齢、障害、子ども、生活困窮の制度ごとに分かれている相談支援などの関連事業について、国の財政支援を一体的に実施していくことになります。

【解説】

引きこもり8050問題など、現行制度の狭間にある課題に取り組む狙いがあります。そのために「伴走支援」「多機関協働」「アウトリーチ」など、「地域共生社会推進検討会」の「最終とりまとめ」で提案された、専門家による新しい取り組みを行います。ただし新事業は国会でも「分かりにくい」という意見がありました。

新しい交付金の算定方法など新事業の詳細は未定です。改正法の施行は2021年4月1日。それまでに有識者会議での検討や自治体の意向を確認しながら、新事業の具体策のとりまとめが進められます。

2021年度から、市町村に裁量がある「重層的支援体制整備事業」に国家予算(交付金)が付く予定です。

 (本稿は2020年6月に執筆しました)

※初年度の国家予算(交付金)については、別稿の重層的支援体制整備事業 概算予算116億円で令和3年度から開始を参照してください。