赤坂 豊川稲荷東京別院 車椅子参拝ガイド バリアフリー情報

東京都港区元赤坂の豊川稲荷は、路面に小さなデコボコがありますが、車椅子でお参りが出来る寺院です。現地のバリアフリー状況を紹介します。

赤坂豊川稲荷東京別院

お稲荷様の歴史と概要です。神社ではなくお寺のお稲荷様です。正式名称は曹洞宗「豊川閣妙厳寺」。作法は二礼二拍手ではありません。

起源は大岡越前が私邸内に建てたお社です。当時の江戸では、庶民の間に稲荷信仰が盛んで、大岡越前も月に二日間は一般庶民に私邸を開放し、参拝を許していたそうです。

その後、大岡越前邸の一部を正式に豊川稲荷東京別院とし、常時一般開放されるようになりました。

明治維新後の廃仏毀釈政策により、お寺になりました。現在の地に拡大移転したのが、明治20年と伝えられます。最初の創建からは約200年。この地に移ってから約130年の歴史があります。

本山は愛知県の豊川市にあります。ここは東京別院です。単に豊川稲荷というと、一般には愛知県のお寺を指します。

赤坂豊川稲荷東京別院

車椅子でのアクセス方法です。赤坂見附駅または永田町駅から徒歩5分の案内です。周辺は坂道が多いエリアで、青山通りの坂の途中です。どの方面から向かっても、坂道を避けることは出来ません。

収用台数は10台程度ですが、境内に業務用兼参拝者用の無料駐車場があります。身障者用駐車区画の設定はありません。

赤坂豊川稲荷東京別院

境内へのバリアフリールートです。車椅子で通行できない決定的な段差箇所は、境内への入口である「山門」です。

元赤坂の豊川稲荷

車椅子では、青山通りを神宮方面へ進み、車両用の出入口から境内へ入ります。

元赤坂の豊川稲荷

駐車場の横に「文化会館」があり、1Fにはお茶屋さんが数軒営業しています。名物は「稲荷寿司」で、他に甘味やお土産などが販売されています。いずれのお店も歴史あるお茶屋さんです。狭い店舗ですが決定的な段差はなく、車椅子で立ち寄ることができます。

駐車場から「山門」までの通路は、車椅子で問題なく通行出来るフラットな路面です。

「三所殿」でのお札やお守りの授与は車椅子で可能です。「山門」の横の「子宝観音」は車椅子でお参りができます。

赤坂豊川稲荷東京別院

段差がある「本殿」の参拝所へは、両側からスロープがあり、車椅子でお参りが出来ます。

赤坂豊川稲荷東京別院

ただし「本殿」内へは階段で上ります。

赤坂豊川稲荷東京別院

「奥の院」の中へも階段を上がります。

赤坂豊川稲荷東京別院

「三神殿」や大岡越前のお墓「大岡廟」「霊狐塚」はデコボコがある路面ですが、頑張れば車椅子で移動可能です。

赤坂豊川稲荷東京別院

キツネ像は供養されて地下のスペースに納付されます。

赤坂豊川稲荷東京別院

本殿横には七福神の「弁財天」が祀られています。小川が流れていて、ザルが用意され、銭を洗うことが出来ます。この銭洗いは、車椅子では手が届かずに苦戦します。

赤坂豊川稲荷東京別院

豊川稲荷東京別院は、フラットな構造ではありませんが、多少のデコボコ路面を通行できれば車椅子でお参りが出来ます。

青山通りの反対側に「とらや赤坂店」が営業しています。バリアフリー状況を別稿で詳しく紹介しているのご参照ください。

(本稿は2019年11月の取材に基づいています)

義民を祀る宗吾霊堂 車椅子参拝ガイド バリアフリー情報

千葉県成田市の「宗吾霊堂」は、江戸時代の義民「佐倉宗吾」を祀るお寺です。境内はバリアフリーではありませんが、車椅子でお参りができる施設を中心に、現地の状況を紹介します。

四代将軍に佐倉藩の圧政重税を直訴し、その罪で処刑された義民、佐倉宗吾を祀るお寺です。

宗吾様の本名は公津村(現在の成田市)の名主、木内惣五郎。罪人なので、江戸時代は廟を建てることは許されませんが、100年忌に際して佐倉藩主が法号をあたえ、いわば名誉回復が行われ、以来信仰の対象になりました。お寺としては、1000年前に創建された真言宗東勝寺が正式名称で、宗吾霊堂は通称です。

人が神になり信仰の対象になることは日本では珍しくありませんが、名主クラスが神になるのはとても珍しいことです。

宗吾霊堂

徒歩圏内に駅はありません。車の利用が便利です。参道の左右に無料駐車場があります。

宗吾霊堂

どちらにも身障者用駐車区画はありませんが、フラットな舗装路面の駐車場です。

宗吾霊堂

駐車場の近くに公衆トイレがあり、バリアフリートイレがあります。一般的なサイズの個室で、設備はシンプルなトイレです。

宗吾霊堂

駐車場から参道へは、ルートを選べば舗装路があります。ただし経年劣化が進んだ舗装路なので、小さなデコボコがあります。参道には小規模なお土産店があります。

宗吾霊堂

境内入口近くに宗吾様と4人の子どものお墓「宗吾様御廟」があります。宗吾様は磔刑、子ども達は打ち首刑。罪状は将軍への直訴の罪。このお墓の場所が当時の刑場で、処刑された場所にお墓が建てられています。

宗吾霊堂

手水舎は車椅子から手を伸ばせば、なんとか手を浄めることができます。

宗吾霊堂

「宗吾様御廟」から参道を進みます。「仁王門」の下は車椅子でそのまま通行できる段差の無い路面です。「金色仁王尊」がいらっしゃいます。

宗吾霊堂

その先も「大本堂」まで参道は車椅子で通行できます。本堂の拝殿は階段の上です。車椅子では段の手前からのお参りになります。

宗吾霊堂

宗吾様の一代を人形66体で紹介する「御一代記念館」は有料施設です。観覧料の障がい者減免制度はなく、入口は階段構造です。

宗吾霊堂

御一代記念館の展示内容は感動的で、入館者の50%は泣いてしまう、という説があります。

宗吾霊堂

遺品などを飾る「宗吾霊宝殿」は、入口が段差で靴を脱いで上がる施設です。車椅子での利用はできません。

宗吾霊堂

本堂と御一代記念館の間は、信者の寄贈による美しく造営された和庭園があります。このお庭には車椅子で立ち入ることが出来ます。また本堂裏手は7千株の紫陽花園があり、6月には紫陽花祭りが開催されて賑わいます。

宗吾霊堂

その他には、薬師堂、鐘楼堂、聖天堂など、境内には見どころが多々あります。ただし一部は未舗装路になるので、車椅子は慎重に進んで下さい。

宗吾霊堂

宗吾霊堂はバリアフリー仕様ではありませんが、ルートを選べば車椅子でお参りが出来ます。

成田山新勝寺の詳しいバリアフリー情報を別稿で掲載しています。ぜひご覧ください。

(本稿は2022年10月に加筆しました)

東京駒込 車椅子散策 目赤不動尊南国寺 バリアフリー情報

東京都文京区本駒込の「目赤不動尊」は町歩きツアーの人気スポットの一つ。車椅子でお参りが出来るお堂です。

本駒込駅から徒歩4分の案内です。参拝者用の駐車場はありません。

本郷通りに面した分かりやすい場所に建つ古寺です。正面入口には対の門柱があり、左の門柱に「目赤不動尊」、右が「南国寺」と刻まれています。

目赤不動尊南国寺

南国寺は小規模なお寺ですが、趣のある寺です。目赤不動尊は江戸時代に庶民の信仰を集めました。

大戦の空襲で本堂とお堂は焼失し、現在の施設は戦後に再建されたものですが、お堂とその前に並ぶ六体のお地蔵さんは、江戸時代の様子を今に伝える雰囲気があります。

目赤不動尊のバリアフリー

境内の入口に段差はありません。通路は舗装されています。お堂の前に段がありますが、車椅子境内に入り、お堂、本堂に近づくことは可能です。

目赤不動尊

境内に入ると正面が南国寺本堂。目赤不動尊のお堂は右手です。

不動尊が鎮座するお堂は、通常は扉が閉まっています。

目赤不動尊

扉までは3段の段があるため、車椅子で近付くには限界がありますが、お堂の扉は格子のガラス張り構造で、かすかに中が透けて見えます。目を凝らすと、不動尊のお姿が見えます。

お堂の扉を開けて参拝できます。段の上にある扉なので、車椅子利用者は健常な人との同行をお薦めします。

目赤不動尊南国寺

目赤不動尊の由来です。南国寺の開祖は万行律師。三重県の赤目山で修業し、不動明王を授かって江戸へ。南国寺を創建し、当初は目赤ではなく、赤目不動尊と称していました。

三代将軍家光が鷹狩の途中に立ち寄り、「目黒・目白の不動と同じく、赤目ではなく目赤不動にせよ」というような意味の指令を発し、天領であった現在の土地を寄進したという伝承です。

目赤不動尊の由来

江戸時代には、目青不動、目黄不動もあり、江戸五色不動を構成したという伝承があります。

古代中国で生れた五行思想がその源流。万物は木・火・土・金・水の5元素からなるという思想です。この5種類の元素に色が付けられ、木=青、火=赤、土=黄、金=白、水=黒という関係が成立。この五色で、世の中全てのことが包括されるという思想に発展します。目赤の赤は、五行の火と結びついたものと言われています。

以上の目赤の由来、五色の由来は、いずれも伝承レベルの話で、はっきりとした史実ではありません。目黒、目白、目赤の三不動については、江戸時代の資料に記載があり、その時代から存在していたことは史実です。目青不動、目黄不動については、江戸時代での存在を確定できる資料は、未発見ということです。

目赤不動尊

東京町歩きの人気エリア駒込。目赤不動尊南国寺は車椅子でお参りができるお寺です。

江戸時代からの歴史が息づく駒込の「富士神社」と「天祖神社」を別稿で紹介しています。ぜひご覧ください。

(本稿は2022年6月に加筆修正しました)