障がい者福祉 世界の歴史と日本の現状をやさしく解説

障がい者福祉 世界の歴史と日本の現状をやさしく解説

生まれた子どもに障がいがある、事故で障がい者になったなど、ある日障がいと共に生きることになった方へ。また障がい者福祉の分野で働いている方へ。障がい者福祉の歴史や現状について、初めて学ぶ人のために、その概要を簡単にまとめました。

1.障害者権利条約の骨子

現在、世界が何を目指しているのかが分かる条約です。逆説的にいえば、この条約とは反対のことが行われてきたのが世界の歴史です。「障害者権利条約」を読むと、障がい者福祉の過去と現在が理解できます。

障がい者の権利を守る条約で、保証されるべき権利は多岐にわたります。ここに定められた権利こそ、これまで否定された権利であり、現在世界で取り組まれている障がい者政策の基本です。以下にその守られるべき障がい者の権利を列挙します。

第9条「施設及びサービス等の利用の容易さ」

第10条「生命に対する権利」

第11条「危険な状況及び人道上の緊急事態」

第12条「法律の前にひとしく認められる権利」

第13条「司法手続の利用の機会」

第14条「身体の自由及び安全」

第15条「拷問又は残虐な、非人間的な若しくは品位を傷つける取り扱い若しくは刑罰からの自由」

第16条「搾取、暴力及び虐待からの自由」

第17条「個人をそのままの状態で保護すること」

第18条「移動の自由及び国籍についての権利」

第19条「自立した生活及び地域社会への包容」

第20条「個人の移動を容易にすること」

第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」

第22条「プライバシーの尊重」

第23条「家庭及び家族の尊重」

第24条「教育」

第25条「健康」

第26条「ハビリテーション及びリハビリテーション」

第27条「労働及び雇用」

第28条「相当な生活水準及び社会的な保障」

第29条「政治的及び公的活動への参加」

第30条「文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加」

歴史的に障がい者は障がいを理由に、以上の権利が奪われてきました。そして現在は、国際社会そして日本で、あらゆる手段方法を通じて、この権利の保護が取り組まれています。

2.社会モデル、合理的配慮、平等・無差別

障がい者福祉の過去と現在を知るために、理解しなくてはならない3つの概念があります。過去と現在で、障がい者に対する考え方が大きく変わったことを象徴する概念です。

「社会モデル」

反意語は「医学モデル」です。医学モデルは、障がいは病気や外傷などからくる個人の問題で、医療を必要とする過去の考え方です。

社会モデルは、社会の在り方が障がいを生み出す要因であり、障がいは社会の問題であり「社会的障壁」は取り除かなければならないとする考え方です。現在では社会モデルが基本です。

「合理的配慮」

障がい者の人権と基本的な自由を確保するための、必要かつ適当な変更及び調整で、均衡を失した過度の負担を課さないものが、合理的配慮です。障がい者に対して、合理的配慮は提供されなければならない。これが現在の考え方です。

「平等・無差別」

この概念は一見分かりやすいものですが、過去と現在で概念が大きく変わったことがあります。現在では、障がい者への「合理的配慮」の不提供は「不平等」であり「差別」と規定されます。

3.国連での歴史

国際社会における障がい者福祉の歴史を概観するための分かりやすい指標の一つが「国連決議」です。宣言、勧告、条約など、決議の形式や形態は様々ですが、その実績を整理すると、流れが見えます。

〇1948年「世界人権宣言」

人種、性別、年齢そして障害など、すべての差別を否定する宣言です。

〇1955年「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告」

障害者が職業訓練や雇用の機会に参加する権利に関する文書です。

〇1960年「教育における差別を禁止する条約」

障害者と教育に関する最初の一歩となった条約です。

〇1971年「精神遅滞者の権利に関する宣言」

国連における障害者を対象とした最初の宣言です。

〇1975年「障害者の権利に関する宣言」

障がい者を主体にした歴史的な宣言です。

〇1976年「国際障害者年の宣言」

「1981年を国際障害者年」と宣言しました。

〇1981年「国際障害者年サンドバーグ宣言」

障害者の社会生活参加と統合教育の実施を基本方針として、具体的に進むべき方向や方法を定めています。

〇1982年「障害者に関する世界行動計画」

障がいの予防やリハビリテーション、障がい者の社会生活および社会の発展への参加と平等の実現を目標にした文書です。「1983年から1992年を国連・障害者の十年」と宣言しました。

〇1989年「児童の権利に関する条約」

条約の第23条は「障害児の権利」です。

〇1993年「ウィーン宣言および行動計画」

ウィーンで開催された世界人権会議で採択されました。障がい者の社会参加、非差別、平等な人権などを定めています。

〇2001年「障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための包括的・総合的な国際条約決議」

障害者権利条約を制定することが決議されました。以後、障がい者団体が参加する「アドホック委員会」が配置され、条約の内容について議論されました。

〇2006年「障害者権利条約」

現在の条約が決議されました。要件が整い、条約が発効したのは2008年5月3日です。

4.日本の歴史

国際社会の動きにも連動して、日本でも戦後から障がい者福祉の歴史が始まります。ポイントになる法律や制度の制定を中心に、歴史の概略をまとめます。

〇1946年「生活保護法」制定

日本の国家的な福祉行政の始まりです。

〇1947年「教育基本法」「学校教育法」公布

養護学校や特殊教育が学校教育の一環として位置付けられました。

〇1956年「公立養護学校整備特別措置法」公布

最初の公立肢体不自由養護学校が創設されました。

〇1961年「障害福祉年金」支給開始

傷痍軍人以外の障がい者への手当の支給が始まりました。

〇1964年「重度精神薄弱児扶養手当法」公布

家庭介護の重度知的障害児に「重度知的障害児扶養手当」が支給されるようになりました。

〇1970年「心身障害者対策基本法」公布

心身障害者福祉に関する施策の基本的事項を規定した法律です。

〇1981年「障害に関する用語の整理のための医師法等の一部を改正する法律」公布

「つんぼ・おし・盲」の呼称が改められました。

〇1985年「国民年金法」改正

「障害基礎年金制度」が創設されました。

〇1993年「障害者基本法」公布

障害範囲の明確化、障害者の日の規定、障害者計画の策定などが織り込まれた法律です。

〇1999年「民法の一部を改正する法律」成立

成年後見制度の改正、聴覚・言語機能障害者による公正証書遺言の利用を可能にする遺言方式の改正が行われています。

〇2000年「介護保険法」施行

福祉の世界に保険制度が導入されました。

〇2002年「障害者基本計画」閣議決定

初めて策定された国の基本計画です。

〇2003年「支援費制度」へ移行

福祉サービスが「措置制度」から変わりました。

〇2005年「障害者自立支援法」成立

不評な政策でその後事実上廃案になりました。

〇2011年「障害者基本法改正案」と「障害者虐待防止法」成立

国際条約「障害者権利条約」を批准するためにも、これ以後国内法の整備が進みます。

〇2012年「障害者総合支援法」と「障害者優先調達法」成立

〇2013年「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」成立。「第三次障害者基本計画」閣議決定。

〇2014年「障害者権利条約」批准

141番目の締約国になりました。

〇2018年「第四次障害者基本計画」閣議決定。

5.日本の現状

2020年の日本の現状を「国際社会での取り組み」「理想と現実のギャップ」「法律制度改正への議論」に分けて簡潔にまとめます。

「国際社会での取り組み」

障害者基本法にある基本原則の一つが「共生社会の実現に向けて、国際的に協調して取り組む」ことです。

日本が加盟する「国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)」では、現在は2022年までを期間とした3回目の「アジア太平洋障害者の十年」に取り組んでいます。10の目標、27のターゲット、62の指標から成り立つ「インチョン戦略」を定め、60ヵ国を超える地域内に暮す、約6億5千万人の障がい者の権利保護に、国際社会として取り組みを続けています。

また、2022年度までを期間とした「障害者基本計画」において定めた、「国際交流などを担う民間団体への助成件数を増やす」という目標に関しては、国際協力機構(JICA)において、障害者を対象にした研修員、専門家、ボランティアを増やし、障害者のためのプロジェクト件数を増加させています。

「理想と現実のギャップ」

国内法を整備し、各種制度を施行、「心のバリアフリー」に代表される啓蒙運動にも取り組んでいます。

その一方で2018年には、国の機関および地方公共団体の機関の多くで、障害者雇用率を不正に計上していることが明るみなりました。

全国で発生している相談や紛争をみると「合理的配慮」の不提供、すなわち障がい者への差別行為が発生している現状があります。

また行政機関の相談窓口の専門性、問題解決能力にも、課題があります。

それらにより、例えば「障がい児の普通学校への入学が事実上拒否される」など、障害者基本法にある基本原則「地域での共生」が進まないケースがあります。

公共施設や交通機関などのバリアフリー化は進捗しています。その一方で「障害者インクルーシブ防災」は、多くの自治体で悩みごとです。2013年に「災害対策基本法」が改正されて「避難行動要支援者名簿」を作成し、障がいのある人の避難行動を行政がサポートすることが義務付けられましたが、災害時に実効性のある個別計画の策定が出来ている市町村はほとんどありません。

「法律制度改正への議論」

障害者基本法により、国や都道府県が障がい者福祉を検討する際には、障がい者の意見を聞くことが義務付けられています。より良い社会になるために、多くの議論が行われています。以下に代表的な障がい者の意見を紹介します。

〇福祉サービスは応能負担にすべき

サービスを受けた人が、その質と量で費用を負担するのが「応益負担」または「定率負担」、所得に応じて費用を負担するのが「応能負担」です。現行の障害者福祉サービスは、所得制限などにより「応能負担」にみえますが、原則としては「応益負担」です。

〇障がい者福祉は保障であるべき

現行制度では、障がい者は65歳になると介護保険制度に移行します。つまり高齢者の障がい者福祉は保険制度になります。

〇障がいの等級制度は不要

現行の障害者総合支援法では、個々の障がい者に「障害支援区分」が判定されて付与されます。これは基本的には障がいの医学モデルの考え方です。

〇民間事業者の合理的配慮の法的義務化

現行法では合理的配慮について、国の行政機関や地方公共団体等については法的義務があり、事業者には努力義務が課せられています。

※2021年5月「改正 障害者差別解消法」が成立し、民間事業者の合理的配慮提供が法的義務化されました。公布から3年以内に施行されます。

〇相談・紛争解決の体制整備の法規定

現行法では「障害者差別解消支援地域協議会を組織することが出来る」とされています。しかし現状は地域での対応に格差があります。協議会設置の義務化など、法律で体制整備を強化する意見があります。

障がい者福祉は、以上のような歴史があり、現状があります。

(本稿は2020年6月に執筆しました)

別稿で「日本の障がい者福祉 戦後から2020年まで75年の歴史をやさしく解説」を掲載しています。ご参照ください。