重度の障がいをもって生まれた子の早すぎる死と向き合う家族

重度の障がいをもって生まれた子の早すぎる死と向き合う家族

重度の身体障がいがある人は、命の力が早く失われることがあります。深刻なテーマになりますが、2人の子どもの短い人生の終わりについてのレポートです。

子の早すぎる死と向き合う家族

享年7歳、小学校1年生で亡くなったA君。直接的な死因は「誤嚥性肺炎」。A君は重度の脳性麻痺を負って生まれました。

お母さんは外国籍の人で、A君が3歳くらいの頃に帰国。以後はちょっと年配のお父さんの一人手で育てられました。

お父さんは、あまり仕事に時間を使わなくても大丈夫な人で、学校のPTAにも積極的に参加されるタイプ。A君は小学校1年生の時点でも食事の咀嚼能力は低く、学校給食以外は、柔らかい普通食を用意して、お父さんが毎食1時間かけて食べさせているということでした。

愛情いっぱいにA君に食事をとらせていたお父さん、結果としては医学的な配慮が足りなかった行為が、命取りになっていまいました。

原則論でいえば、A君のような重度の障がいがあり、咀嚼能力が低く、嚥下障害がある人には、誤嚥を防ぐように工夫された初期食が適切な食事形態です。

またA君は栄養が足りずに痩せていました。そろそろ胃ろうなどによる栄養補給を考える時期であったかもしれません。

後になって思えば、お父さんは食事の基礎的な知識が十分ではありませんでした。普通食を用意して、一生懸命食べさせて、結果的にはA君の肺にダメージを与えていました。

基礎体力もないA君です。初めての重篤な肺炎の発症で、いっきに死に至ってしまいました。

お父さんの慟哭、言葉もありません。十分な知識のある主治医や特別支援学校の先生たちも、まさかこんなに早く誤嚥性肺炎が、という油断があったことは否めません。関係していた専門家にとっても、大きな悔いが残るお別れです。

子の早すぎる死と向き合う家族

享年17歳、高校3年生で亡くなったB君。生まれつき心肺機能に障がいがあり、小さい頃から酸素ボンベと一緒の生活です。それでも中学校までは、車椅子で普通校に通いました。

高校からは特別支援学校に進学。高校2年生の後半頃より、直接的な原因は不明な体力および心肺機能の低下が進み入院生活に。一進一退を繰り返しながら、徐々に体力の低下が進み、はっきりとした病名が解らないまま亡くなりました。

本人も家族も医療機関も、最善を尽くしましたが命の火は消えてしまいました。

お葬式では、ご遺族の希望で本人が生前好きだった曲が流れ、好きだったポスターや、生前の本人の写真が飾れていました。

翌月に開催された学校の運動会にはご遺族も参加され、お父さんがB君の遺影を持って車椅子に乗って、本来なら出場するはずであった競技に参加しました。また本人の好きだった言葉が刺しゅうされたタオルを、ご遺族が皆さんに配られていました。

愛情を尽くしても、万全の治療体制を用意してあげても、かなわない夢はあります。子どもの死と向き合った家族の実例です。

(本稿は2019年12月に執筆しました)

別稿で「新型コロナだけではない、障がい者と家族が気を付けたい様々な感染症」を掲載しています。ご参照ください。