児童の権利の尊重及び確保の観点から必要となる、詳細かつ具体的な事項を規定した「児童の権利条約」が1989年に国連で採択され、日本は1994年に批准しました。
各締約国は、条約をどのように実施してきたかに関する報告書を、条約発効後二年以内に最初の報告書、その後は五年ごとに「国連子どもの権利委員会」に対して提出します。
委員会はその報告書を審査し、締約国の政府に対して問題点の指摘や改善のための提案及び勧告を盛り込んだ総括所見を出します。
日本政府はこれまで、第5回までの報告書を提出し、1998年、2004年、2010年、2019年と、4度の勧告を受けています。
国連子どもの権利委員会の総括所見から、障がい児に関わることを中心に、主な勧告内容を抜粋します。
「1998年 第1回勧告」
「アジア太平洋障害者の十年」期間に行われた最初の勧告は、「差別の禁止」「情報の収集と活用」そして当時の日本ではまだ定着していなかった「インクルージョン」などが提案、勧告されました。なお、この総括所見における主なマイノリティとは、障がい児の他には「アイヌおよびコリアンに属する子ども」です。
以下が主な指摘と勧告です。
・障がいを持った子どもなどマイノリティな子の状況に関する、子どもからの苦情も含めた細分化された統計的データ、およびその他の情報を収集する仕組みが不充分である。
・障がいを持った子どもとなどマイノリティな子の関わりで、条約で定める一般原則「差別の禁止」「子どもの最善の利益」及び「子どもの意見の尊重」が、法律、政策、予算に十分に反映されていない。とくに学校制度において、一般の子どもたちが「参加権」を行使できないことが問題である。
・施設で暮らす子どもが多数存在することが問題であり、その上特別な支援やケア及び保護を必要とする施設の子どもに対して、家庭環境に代わる支援が不充分である。
・障害者基本法の定めに反し、インクルージョンは促進されず、障がいを持った子どもが教育に効果的にアクセスできない。
○障がい者の機会均等化標準規則に照らし、「児童の権利条約」を本当に実施する努力と、障がいを持った子どもの施設措置に代わる措置をとること。そして障がいを持った子どもに対する差別を減らし、社会へのインクルージョンを奨励するための意識啓発キャンペーンを企画実施することを勧告する。
「2004年 第2回勧告」
第1回勧告から6年後、国連では「障害者権利条約に関する国連総会アドホック委員会」第3回と第4回が開催されていた年に出された2回目の勧告は、1回目の勧告内容に加え「非政府組織との連携」と「障がい児福祉への予算増強」などが勧告されました。
・相変わらず、すべての子どもを対象とした、条約のすべての領域に関する包括的なデータが存在しない。更に18歳以下の子どもに配分される国の資源についての情報が存在しない。
○現行のデータ収集機構を強化し、必要であれば新しいデータ収集機構を設置することを勧告する。また、子どもを対象としたさまざまな部門のサービスの費用、アクセス可能性、質および実効性を判断するために、予算配分に関するデータを収集して、公共部門、民間部門およびNGO部門において、18歳以下の子どもに用いられている国家予算の額および割合を、把握することを勧告する。
・障がいのある子ども、その他のマイノリティ・グループならびに移住労働者の子どもに対する社会的差別が根強く残っている。
○社会的差別をなくし、また基本的サービスへのアクセスを確保するために、教育および意識啓発キャンペーンを行うなど、必要な積極策をとることを勧告する。
・子どもの権利の分野において政府とNGOとの間に交流が存在しない。
○条約および委員会の総括所見を実施する上で、日本政府がNGOと制度的に協力することを勧告する。
○「障害のある子どもの権利」に関する委員会の一般的討議、および「障害者の機会均等化に関する国連基準規則」に基づき、以下の措置をとるよう勧告する。
-障がいのある子どもに関わるあらゆる政策を非政府組織と連携しながら見直し、政策が障がいのある子どものニーズを満たし、条約および障がい者の機会均等化に関する国連基準規則に準ずるように改める。
-教育ならびにレクリエーション活動および文化的活動において、障がいのある子どものいっそうの統合を促進する。
-障がいのある子どものための特別な教育およびサービスに配分される人材と予算を増やす。
「2010年 第3回勧告」
「障害者権利条約」が発効したのが2008年。日本が同条約を批准するのは2014年です。その中間にあたる2010年の勧告では、日本政府の姿勢に厳しい注文がつけられました。以下はその一部です。
・2004年の勧告の多くが十分に実施されておらず、またはまったく対応されていないことを遺憾に思う。第3回総括所見において、これらの懸念および勧告をあらためて繰り返す。障がいに関する総括所見に掲げられた懸念事項に包括的に対応するため、あらゆる努力を行なうよう促す。
○条約が対象としている分野に関してデータが存在しない(障がいのある子どもの就学率ならびに学校における暴力およびいじめに関するものを含む)。権利侵害を受けるおそれがある子どもについてのデータ収集努力を強化することを勧告する。
○障がいのある子どもに対して実際に行なわれている差別を防止するために、意識啓発キャンペーンおよび人権教育を含む措置をとること。
・必要な設備および便益のための予算が不足し、障がいのある子どもの教育へのアクセスが引き続き制約されている。
○障がいのあるすべての子どもを全面的に保護するために、法律の新設または改正を行ない、その実効性を精査し、かつ問題を明らかにする監視システムを確立すること。
○障がいのある子どもの生活の質を高め、その基本的ニーズを満たし、かつインクルージョンおよび社会参加を確保する、コミュニティを基盤とするサービスを提供すること。
○差別を否定し、障がいのある子どもの権利および特別なニーズについて社会の理解を深め、障がいのある子どもの社会へのインクルージョンを奨励し、子どもと親の権利の尊重を促進する、意識啓発キャンペーンを実施すること。
○障がいのある子どものためのプログラムおよびサービスに対して、十分な人的資源および財源を提供するため、あらゆる努力を行なうこと。
○障がいのある子どものインクルーシブ教育のために学校を整備し、普通学校と特別支援学校との間で移行できることを含めて、障がいのある子どもが希望する学校を選択できるようにすること。
○障がいのある子どものために、また子どもとともに活動している非政府組織(NGO)に対し、国が援助を提供すること。
○教職員、ソーシャルワーカーならびに保健・医療・治療・養護従事者など、障がいのある子どもとともに活動している専門職員を対象とした研修を行なうこと。
○「障害者権利条約」を批准すること
○発達障がい者支援センターにおける注意欠陥・多動性障がい(ADHD)の相談数が増えている。ADHDの治療に関する調査研究および医療専門家の研修が開始されたことは良いことだが、ADHDが主として薬物によって治療されるべき生理的障がいと見なされていること、および社会的決定要因が正当に考慮されていないことを案じる。ADHDの診断数の推移を監視するとともに、この分野における調査研究が製薬産業とは独立に実施されることを勧告する。
「2019年 第4回勧告」
厳しい内容の3回目勧告から9年後、2010年代の日本の取り組みがある程度は評価され、第4回勧告は、より良くするための建設的な提案、勧告が盛り込まれています。
・さまざまな分野で達成した進展を歓迎する。
○障がいのある子どもに対して現実に行なわれている差別を減少、防止するための意識啓発プログラムやキャンペーン、人権教育を更に強化すること。
○障がいのある子どものための適切な政策およびプログラムを整備するために、障がいのある子どもに関するデータを恒常的に収集し、効率的な障がい診断システムを発展させること。
○ 専門教員および専門家を養成して学級に配置し、学習に障がいのある子どもの個別支援など適正な配慮を提供すること。そして統合された学級におけるインクルーシブ教育を発展させること。
○学童保育サービスの施設および人員に関する基準を厳格に適用し、その実施を監視すること。そしてこれらのサービスがインクルーシブであること。
○障がいのある子どもが、早期発見介入プログラムなど適切なケアにアクセスできる、即効性のある対策を実施すること。
○教員、ソーシャルワーカーならびに保健、医療、治療およびケアに従事者等、障がいのある子どもとともに働く専門スタッフを養成し増員すること。
○障がいのある子どもに対するスティグマおよび偏見をなくし、障がい児の積極的イメージを促進する目的で、意識啓発キャンペーンを実施すること。
○ADHDの子どもの診断が、医学的に正しく行われること。そして薬物の処方は最後の手段として、かつ個別アセスメントを経た後に初めて行なわれること。子どもおよびその親に対して薬物の副作用の可能性および非医療的な代替的手段について適正な情報提供を行うこと。ADHDの診断および精神刺激薬の処方が増加している根本的原因について研究すること。
・第6回・第7回統合定期報告書は2024年11月21日までに提出すること。かつこの総括所見のフォローアップに関する情報を当該報告書に記載すること。
4次にわたる「国連子どもの権利委員会」の勧告内容から、この20年間の障がい児政策と社会の変化が垣間見えます。
(本稿は2021年2月に執筆しました)