令和2年 障がいのために短時間しか働けない人への国の新政策

障害者雇用の国の新政策「特例給付金制度」が始まりました。障がいのために週に20時間未満しか働けない人を雇用した事業主に対する新しい給付金です。制度の概要、現状の課題と政策の背景などを紹介します。

〇事業主に給付される金額

まず給付金の金額のイメージから紹介します。

「短時間労働者数」×「年間で雇用した月数」×「5千円」です。

したがって1名の常時雇用で年額6万円です。

(実際の計算は付帯条件により変わるので、もう少し複雑になります。また5千円ではなく7千円になる事業主もあります。)

〇対象となる労働者

次に給付金の対象になる雇用される障がい者のイメージです。

各種障害者手帳の交付を受けている人、1年以上継続して働く人、そして週の労働時間が10時間以上20時間未満の人です。

労働時間の下限と上限があるのがポイントです。この時間は雇用契約時の所定労働時間ではなく、実際の労働時間が優先されます。したがって週に30時間を働く予定であった障害者が20時間未満になった場合は対象になります。週に10時間労働の予定だった障害者が9時間しか働けなかった場合は、対象から外れます。

〇対象となる事業者

特に制約はありません。すべての事業者が対象です。

ただし障害者雇用に係る法令違反がある事業者や給付金の未納付がある事業者は支給されない、とされています。

また新給付金の対象にはならない、週20時間以上労働者がカウント数で100人以下か100人超かで、特例給付金制度の運用ルールに違いがあります。

〇特例給付金制度の狙い

障害者雇用率制度により事業者には障害者雇用の義務があります。2020年5月現在の民間企業の法定雇用率は2.2%で、従業員45.5人以上の企業は障害者を1名以上雇用しなければなりません。

この障害者雇用のカウント対象になるのは、週に20時間以上の所定労働時間の人です。したがって週に20時間働けない障害者は、雇用しても障害者雇用率制度の対象にはカウントされません。

障がいのために短時間労働しかできない障害者の雇用機会を増やすことが、特例給付金制度の目的です。なお、特例給付金制度の対象になる20時間未満労働者は、引き続き障害者雇用のカウント対象にはなりません。

〇新政策の考え方

障害者雇用率制度の対象が週20時間以上の労働者である理由は、それが職業的な自立の目安だからです。就労によって自立する障害者を増やしたい国としては、20時間未満の労働者を安易に増加させることは出来ません。

その一方、障害者雇用率制度の対象外の短時間労働者が、雇用の対象から外れる現状も好ましくありません。

その結果、一人年額6万円程度の給付金額ラインが制定されました。

〇下限10時間は制度の乱用防止のため

給付金の計算式には、労働時間数は入りません。したがって10時間労働の人と19時間労働の人、どちらも一人当たりは同じ額の給付金になります。

このため労働時間の下限を設けない制度にすると、週1時間労働者の雇用に対しても、年間6万円程度の給付金になってしまいます。下限額の設定は制度乱用防止のために必要です。

下限を10時間とした根拠は、既存の助成金「障害者トライアル雇用助成金」の下限が10時間のため、それに同じにしたとされています。

新政策は令和2年度から始まりますが、実際の給付は2年度の実績に基づいて令和3年10月からになります。

本稿では新政策の概要を分かりやすくするために、詳しい給付金の条件や計算方法の紹介は省いています。その詳細は「独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構」のHPなどを参照してください。

(本稿は2020年5月に執筆しました)

別稿で「障がい者雇用政策 インクルーシブ社会における法定雇用率制度の功罪」を掲載しています。ご参照ください。

障害者を雇用する企業の義務「障害者職業生活相談員」の配置

※本稿では、漢字表記で「障害」を使用しています。

企業の障害者雇用義務が法制化されています。現時点では、従業員50人以上の企業は、最低1人以上の障害者の雇用が義務付けられています。そして5人以上の障害者を雇用する企業には「障害者職業生活相談員」の配置が義務付けられています。

「障害者職業生活相談員」の配置についての根拠法があります。この制度は「障害者の雇用の促進等に関する法律第79条」の規定により、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が実施する認定講習を受講すると「障害者職業生活相談員」になれる、というものです。

「相談員」は、2日間の研修を受けることで資格を取得できます。研修受講は無料です。全国の県庁所在地などで開催されます。近年は人気で、申し込んでも定員オーバーで次回にまわされるケースもあるようです。研修は9時から17時。2日間で計12時間コースになります。

前半は講義が中心です。障害者雇用の理念の説明、雇用の実態の報告、関連法の内容説明、相談員制度の仕組みなどの大枠の講義を受講します。

後半は実務経験談が中心です。実際に障害者を雇用した立場からの経験談、障害者雇用を実現するために組織や施設を改革した実例、雇用された障害者側からの経験談などになります。

障害者の雇用が拡大するにつれて比例して成功談、苦労話、失敗事例が増えます。そういう生の声を当事者から聞くのが後半の講義です。

企業側の課題も報告されます。近年、障害者雇用義務を達成するために、特例子会社をつくってノルマの人数の障害者を雇用する大企業が増えました。

子会社を作って障害者を雇用したのはいいが仕事が無い、という笑い話のようなことが本当にあります。子会社を作るときは、売り上げになる仕事を考えて事前に作りましょう、という講義がありました。

労使ともに悩みが多いのは、やはり知的な障害がある人の場合です。使用者側からも、安全の確保や適職を見つける難しさなどの実例が報告されます。障害者からも、仕事を理解することや継続することの困難さが話されます。ほとんどの企業は、形から入って、後から中身を作っている状態です。

2日間の研修受講が終わると「修了証書」が渡されます。これが認定書になります。実務的に「障害者職業生活相談員」として活動するには、会社が職安に選任届を提出することになっています。

相談員の役割は、適職なのか等の障害者の職務内容に関する相談の他、職場環境、労働条件、人間関係、そして余暇活動までの相談に乗り、適切な指導をすることです。

障害者といっても、就業を希望する人なので、それほど重度障害の人はいません。軽度の障害者といっても、今まで障害と関わりなく生きてきた人にとっては、新しい出会い。仕事を通じて障害のある人との接点ができる人が増えています。

(本稿は2020年1月に加筆修正しました)

別稿で「障がい者と仕事 農福連携事業 表彰審査基準からみる成果目標」を掲載しています。ご参照ください。

障害者雇用の義務化 大企業の特例子会社の現状と課題

※本稿では「障害」という漢字表記を使用しています。

企業に障害者雇用を義務化する法律があります。現時点では雇用数は従業員の2.2%以上。したがって46人以上の会社から1名以上の雇用義務が課せられます。この2.2%という数値は、労働人口に対する就業希望の障害者数の比率で決定されます。

例えば社員数が1万人の大企業の場合、2.2%ですから220人以上の障害者雇用が義務になります。このノルマに対して「特例子会社」を作り対応している大企業が増えています。

特例子会社とは、一定の要件を満たしていれば、その子会社での障害者雇用数を企業グループの雇用数とみなすことが出きる制度です。したがって1万人の企業は、220人の障害者を雇用する特例子会社を一社持っていれば、ノルマを達成したことになります。

特例子会社の仕事で多いのは、親会社や同系列の企業グループを対象にした軽作業や一般事務代行などです。親会社のビルの掃除を請け負う、単純なデータ入力作業を請け負うなどの業務。このスキームであれば、企業として障害者雇用の社会的な責任を果たしながら、雇用した障害者の仕事が確保できます。

障害者雇用の義務化、大企業の特例子会社の現状と課題

ただし、別会社にしているのは人事システムを親会社とは変えるためなので、賃金テーブルや退職金制度などが冷遇される可能性があります。そういう差別が出来ないように、2016年から施行された改正法では「障害者に対する差別の禁止」が定められています。

この法律の目的は、採用における差別と不当に安い賃金の排除です。企業は、公正な採用と正当な報酬の支払いが義務付けられています。障害者の一般就労に関して、以上の法整備が進められています。

障害者雇用の義務化、大企業の特例子会社の現状と課題

特例子会社の現場では、とりあえず雇用して出来る仕事させる、という第一段階から、次のステップに課題が移行してきています。同じ単純作業ばかりを続けさせていいのか、昇給賞与をどうする、社内資格や役職をどう考える、などが現在の難問です。さらに長期的には、社員の高齢化などの課題がでることが予測されています。

障害者雇用の義務化を契機に、軽度の障害者の特例子会社での一般就労の定着は進んでいます。

(本稿は2020年1月に加筆しました)

別稿で「障害者を雇用する企業の義務 障害者職業生活相談員の配置」を掲載しています。ご参照ください。