障がい者雇用政策2022年の課題 雇用分科会意見書をやさしく解説

障害者雇用促進法による障がい者雇用の義務化などにより、この10年で障がい者雇用は拡大しています。

2022年6月17日付で厚生労働省より「労働政策審議会障害者雇用分科会意見書」が公開されました。ハローワークのアセスメント機能強化など、全17ページにわたり政策の方向性が提言されています。

意見書にまとめられた政策提言は、障がい者雇用における現状の課題に基づいています。2022年現在、分科会が考察する働く障がい者にとっての問題点を、7つの視点に編集して簡潔に解説します。

2022年雇用分科会意見書

○障がい者雇用の「質」が問題

これまでの政策は、雇用人数という「量」の問題が中心でした。現在はすでに「質」が問題であるという認識です。意見書では「障害者が能力を発揮して活躍することよりも、雇用率の達成に向け障害者雇用の数の確保を優先するような動きもみられる」、「障害者の就労能力や一般就労の可能性が十分に把握されておらず、適切なサービス等に繋げられていない場合もある」として、今後は「雇用後もその活躍を促進するため、キャリア形成の支援を含めて、適正な雇用管理をより一層積極的に行うことを求めることが適当」であり、「障害者雇用の質を向上させることが求められる」としています。

○重度重複障がい者の就業ニーズは想定外

これまでの政策では、通勤が可能で長時間勤務が可能な、比較的軽度な障がいのある人の雇用促進が政策のメインターゲットでした。意見書では「これまで就業が想定されにくかった重度障害者や多様な障害者の就業ニーズが高まっている等の課題が生じている。」としています。

○障がい者手帳がない障がいのある人のための雇用政策

これまでの政策では、各種障害者手帳の交付者が施策の対象でした。意見書では「それまでに診断等に繋がらず、障害者本人の障害認識が無いまま就職後に職場での具体的な状況から困難が生じ、障害を理解・認知する事例もある」、「難病患者については、疲れやすさ、倦怠感など全身的な体調の崩れやすさといった一定の共通する点もある」としながら、「本人の特性により就労場面において生じる課題は個別性が高い一方で、適切なマッチング、 雇用管理等により、活躍できる事例もみられる」、「現状において、手帳を所持していない発達障害者及び難病患者について、個人の状況を踏まえることなく、一律に就労困難性があると認めることは難しい」と分析しています。意見書の結論は、「手帳を所持していない精神障害者、発達障害者及び難病患者について」は「引き続きその取扱いを検討することが適当である」とされました。

○週20時間未満の就業者の扱い

就労による障がい者の経済的な自立が、これまでの政策の主目的であったために、自立のために必要な就労時間の目安「週20時間以上」が雇用施策の基準になっています。意見書では「精神障害者、重度身体障害者、重度知的障害者は、その障害によって特に短い労働時間以外での労働が困難な状態にあると認められる」としています。

○就労継続支援A型事業所利用者の雇用カウント

雇用率制度の対象になっている現状について、意見書では「障害福祉サービス等報酬が支払われているA型については」「雇用率・納付金・調整金等の対象から外すべきという意見が多数あった」ものの、「加齢により企業での就業が困難になった者の受け皿として社会的貢献度は大きいことも考慮すべきであるという意見もあった」と両論併記しています。意見書の結論は「引き続き検討していくことが適当である」とされました。

○障害者雇用納付金制度の財政破綻

法定雇用率未達成企業から障害者雇用納付金が徴収され、この納付金を元に法定雇用率を達成している企業に対して調整金、報奨金が支給される制度です。発足当初から達成企業の増加によって財政破綻することが懸念されていました。意見書では「民間企業における障害者雇用が大きく進展した結果、今後の納付金制度の財政の見通しが厳しくなっている」としています。

○雇用施策の改良による制度の複雑化

様々な課題に対する対策が重ねられることで、雇用率カウントの特例措置、ジョブコーチの資格制度化、ハローワークによるアセスメント強化、事業主の取組を評価する手法を検討するなど、施策全体が複雑化する傾向にあります。意見書では「障害者の雇用機会拡大と雇用継続は、長期的な視点で、持続可能な制度によって達成する必要があるが、そのためには、過度に複雑な制度や、労働者・事業主・行政それぞれの手続の負担が過大な制度を避けることが望ましい」としています。

「在宅就業支援団体の登録申請に必要な提出書類を一部簡素化し、登録申請に当たっての負担軽減を図ることが適当である」という意見は簡素化への具体的な提言の一つです。

政策により日本の障がい者雇用は拡大しましたが、その一方で新たな視点での問題が顕在化しています。

(本稿は2022年6月に執筆しました)

別稿で「障がいのために短時間しか働けない人への国の新政策」を掲載しています。ご参照ください。

農林水産業で働く障がい者のための令和3年度農福連携施策

農林水産省が推進している農福連携。令和3年度の予算では「農山漁村振興交付金」が概算で98億円計上されています。その予算から、以下の農福連携事業を実施することが公表されました。事業目標は「令和6年度までに農福連携に取り組む主体を新たに3,000件創出する」ことです。

・農福、林福、水福連携の取組において、障害者や生活困窮者等の農林水産業に関する技術習得や作業工程のマニュアル化等を支援(上限150万円等)

・障害者等の雇用、就労に配慮した農林水産業用施設(農業生産施設、苗木生産施設、水産養殖施設等)及び安全・衛生面にかかる付帯施設等の整備を支援(上限1,000万円、2,500万円等)

・農福、林福、水福連携の全国的な展開に向けたプロモーション等を支援(上限1,000万円等)

・都道府県が実施する農林漁業者向けの普及啓発、農福、林福、水福連携の定着に向けた専門人材の育成等、現場の課題に即した取組を支援(上限500万円)

農福連携が目指している成果については、別稿「障がい者と仕事 農福連携事業 表彰審査基準からみる成果目標」を参照してください。

《生きるちから舎ニュース 2021年3月16日付》

障がい者雇用政策 インクルーシブ社会における法定雇用率制度の功罪

日本では1960年に身体障害者雇用促進法が成立し、障がい者雇用率の努力目標が設定されました。1976年に法改正が行われ、障がい者雇用率は法的義務へ。制度改正を重ね、障がい者の法定雇用率制度は現在に至ります。

日本では障がい者雇用の「量」の拡大において、法定雇用率制度がこれまで機能してきたことは間違いありません。しかし「質」の観点からは、様々な意見があります。主な議論をまとめて紹介します。

○ダブルカウント制度

重度障がい者の雇用人数を拡大させる効果がある制度です。しかし制度の直接的なメリットは雇用する企業側だけにあり、その仕事をする能力や今後の成長力ではなく、医療的モデルで判断される採用時の障害等級によって、雇用者側が雇用の判断をする恐れがあります。

雇用義務人数達成の数合わせのために、優先的に雇用された可能性がある重度障がい者からすると、半人前に扱われているように感じるという意見があります。

同じチームで、同じ仕事をしている障がい者が、障害者手帳の等級の違いで、1人または2人にカウントされることに、違和感を覚える当事者は少なくありません。

働く障がい者の人権、尊厳という観点からは、ダブルカウント制度は差別的な制度ともいえます。そのためフランスでは2005年に、障がい者の生活全般にわたる権利と機会を保障する制度を定めた上で、ダブルカウント制度は廃止されました。

日本においては、ダブルカウント制度による重度障がい者の雇用拡大効果は肯定されながらも、障害等級による判定に加えて、雇用後の業務遂行能力の向上や、労働能力による雇用率へのカウントを考慮すべき、という議論があります。

○特例子会社制度

日本の現実に即した、大企業と障がい者を結びつける制度で、軽度の知的障がい者を中心に多くの雇用を生み出しています。

しかしノーマライゼーションの考え方からすると、障がい者が別の組織に属し、一定の範囲に限定された仕事に従事し、親会社とは違う雇用条件、賃金体系で就業することは、必ずしも最善とはいえません。農福連携施策でも議論されますが、障がい者が安い労働力として規定される恐れがあります。

障がい者雇用に関して特例子会社に任せっぱなしになっている大企業グループがある、という報告があるそうです。

日本の雇用率制度は雇用率を満たせばいいという「量」の問題で、そこで働く障がい者の労働条件や昇進などの待遇改善や正当な評価の実施などは問われません。

特例子会社制度は、競争原理に基づく仕事が適さないタイプの障がい者に雇用をもたらしていることは事実ですが、日本の社会全体が障がい者に対し、もっと理解が進めば、本来は不要な制度ではないか、という議論があります。

○障がい者の定義

最初は身体障がい者だけが対象、次いで知的障がい者、精神障がい者と、法定雇用率制度の対象となる障がい者の定義は、拡大されてきました。

しかし、あくまで障害者手帳の交付者が対象です。軽度のうつ病、軽度の発達障がい、その他障がい者手帳の対象から外れている難病の人、長期療養者、生活困窮者、刑余者などの就労困難者は、法定雇用率制度の対象ではありません。また知的障がい者の手帳は国家として法的な定義がなく、都道府県で等級制度や基準が異なります。

現状の法定雇用率制度の対象者範囲は狭く、その定義は障がいの社会モデルではありません。対象となる障がい者の定義に関する議論が行われています。

障がい者雇用における国際基準は、原因にかかわらず雇用の困難性に着目して対象者を広く規定しています。日本の障がい者雇用率制度は、国際基準ではありません。

様々な要因による就労困難者も含めた、包括的な優先雇用制度として雇用率制度を位置づけ直し、障害者手帳や医師の所見に加え、就労支援にかかる個別支援計画やアセスメントに基づいて、職業的な重度判定を行うべき、という議論があります。

○ジョブ型雇用と障がい者差別

アメリカには法定雇用率制度がありません。イギリスでは1944年から1995年まで、障害者雇用法に基づいて3%の法定雇用率が義務付けられていましたが、1995年に制定された障害者差別禁止法により法定雇用率制度は廃止となりました。

欧米諸国の多くではジョブ型雇用が一般的で、障がい者も例外ではなく、単純に雇用を創出するのは、かえって障がい者差別につがると考えられています。

その一方で、社会のなかに支援の仕組みが設けられています。アメリカでは支援組織のサポートが充実し、日本では企業に任されているサポートが、支援組織によって担われ、障がい者雇用に関する企業側の負担が軽減されます。イギリスでは、障がい者を新たに雇用する際に6週間分の賃金を事業主へ助成する制度などがあります。

ジョブ型雇用が浸透している文化圏からみれば、日本の法定雇用率制度は差別的な制度になります。

また日本の法定雇用率制度は、長時間働く常用労働者の増加を期待している制度です。しかし精神障がい者のなかには、短時間勤務を希望する人がいます。脳性麻痺の人の中には、長時間座って労働をすることにより、脊髄の損傷がひどくなるなど、二次障害が起こるリスクが高まる人もいます。必ずしも日本の法定雇用率制度が志向するフルタイム勤務だけが理想ではなく、就労意欲のあるすべての障がい者の、その人が働ける雇用環境が整えられ、適切な労働時間を保障すべき、という議論があります。

短時間の在宅テレワーク雇用や、労働施策と福祉施策を融合させた「みなし雇用」など、従来にない雇用方法、働き方を採り入れた法定雇用率制度、日本的な障がい者ジョブ型雇用制度の検討が期待されています。

○雇用における障がい者への合理的配慮

日本の法定雇用率制度は、1960年から長く続く、企業の社会的責任のもとに障がい者雇用を推進する制度です。

時代は移り、日本は2014年に障害者権利条約を批准。2016年4月からは、法律によりすべての事業主は雇用に関して、障がいを理由とした差別の禁止と、合理的配慮の提供義務が課せられました。

したがって現在では、法定雇用率を達成している企業であっても、新たな求人に対して障がい者が応募した場合、障がいを理由に不採用とする差別は出来ません。更に採用の過程で、障がいのある求職者から申出があれば、合理的配慮の提供を行う義務が生じます。

障がい者の雇用、就労、仕事を、現在のインクルーシブな観点から見つめ直すと、法定雇用率制度とはどのような位置づけになるのか。根本から考え直す時期ではないか、という議論があります。

例えばアメリカには、障がい者を雇用するにあたっての合理的配慮にかかったコストに対して税額控除や所得控除の仕組みがあります。

企業、地域、国家、それぞれが責任をもって、誰も排除しない、サスティナブルな障がい者雇用を実現する合理的な配慮を行う社会になる。法定雇用率制度の是非や改正の議論ではなく、中長期的にインクルーシブな社会を実現する雇用政策が期待されています。

(本稿は2021年2月に執筆しました)

別稿で「大企業の特例子会社の現状と課題」を掲載しています。ご参照ください。