高崎 中曽根康弘資料館 青雲塾会館 車椅子観覧ガイド バリアフリー情報

群馬県高崎市にある、昭和57年から約5年間総理大臣を務めた中曽根康弘氏の資料館です。中曽根氏は戦後日本の再建を進める「青雲塾」を主催し、理念に共鳴した塾生は全国で約4万人に広がり、昭和22年に最年少28歳で国会議員に当選しました。中曽根康弘資料館は、青雲塾会館があった地に建つ施設です。

アクセスは高崎駅から徒歩20分の案内。車やタクシーの利用が便利です。資料館には来館者用の無料駐車場が用意されています。

中曽根康弘資料館

身障者用駐車スペースの設定はありませんが、車椅子で乗降しやすい駐車区画を選べると思います。

中曽根康弘資料館

資料館のエントランスへは、ほぼ段差のない舗装路面を移動します。

中曽根康弘資料館

エントランスの庇の奥が出入口です。

中曽根康弘資料館

出入口は段差の無い構造の自動ドアです。車椅子で問題なく入館できます。

中曽根康弘資料館

中曽根康弘資料館は入館料の障がい者減免制度があり、本人と介助者1名が無料に減免されます。受付で障害者手帳等を提示して減免措置を受けてください。

展示室は大きく2つの棟に分かれます。受付がある棟には「青雲塾とは」のパネル展示、本物の総理のデスクがある「再現総理執務室」、中曽根氏の「書架」があります。いずれも車椅子で見学できます。

書架の先から自動ドアを通りいったん外に出て、「資料・展示室」に移動します。この間に段差はなく車椅子で移動できます。横にある空き地のようなスペースに、中曽根氏の旧宅があったそうです。

「資料・展示室」は大きなお部屋で、中曽根氏の出生からの履歴を年譜、写真、資料などで紹介しています。変わった展示物としては、交友があった棟方志功氏が中曽根氏の旧宅に遊びに来た時に、勢いで襖に描いた棟方志功の作品などが展示されています。ケース内に平面的に展示されている資料は、やや車椅子から見にくいものもありますが、ほとんどの資料は車椅子から観覧できます。

「資料・展示室」で展示されている資料数は膨大です。検索して観覧するデジタル化されたコンテンツもあります。すべての資料を丁寧に観覧すると、数時間かかるかもしれません。

トイレの状況です。資料館内にバリアフリートイレはありません。「資料・展示室」内に、一般的な個室よりも少しスペースに余裕があるトイレがあります。もう一つ、「大ホール」の奥に、もう少し大きなスペースの個室トイレがあります。介助歩行やつかまり立ちができるレベルの人は、利用できるかもしれません。

退館ルートは入館と同じです。「資料・展示室」から「再現総理執務室」などがある棟に移動して、正面出入口から退館します。

中曽根康弘資料館

中曽根氏が活躍した戦後からの昭和史を再確認できる施設です。中曽根康弘資料館は、バリアフリートイレはありませんが、車椅子で観覧できる施設です。

高崎市生まれの歌人を記念した「群馬県立土屋文明記念文学館」を別稿で紹介しています。ぜひご覧ください。

(本稿は2022年7月に執筆しました)

高崎市観音塚考古資料館 車椅子観覧ガイド バリアフリー情報

群馬県高崎市の観音塚古墳は、6世紀末頃に造営された前方後円墳です。近隣には平塚古墳、八幡二子塚古墳があり、3つの古墳は八幡古墳群と総称されます。高崎市観音塚考古資料館は八幡古墳群の中心地にあります。

高崎市観音塚考古資料館

群馬八幡駅から徒歩25分の案内。アクセスは車が便利です。資料館の前に来館者用の無料駐車場があり、身障者用駐車スペースが設けられています。前後左右スペースに余裕がある駐車区画です。

高崎市観音塚考古資料館

資料館のエントランスは階段構造で段差迂回スロープが設置されています。

高崎市観音塚考古資料館

緩やかな傾斜のスロープで、それほど力を入れなくても車椅子で通行できます。

高崎市観音塚考古資料館

出入口は2枚の手動ドアです。今回訪問時は車椅子をみたスタッフがドアを開けて下さいました。

高崎市観音塚考古資料館

高崎市観音塚考古資料館は入館料の障がい者減免制度があり、本人と介助者1名が無料に減免されます。受付で障害者手帳等を提示して減免措置を受けてください。

資料館はワンフロアで、館内はバリアフリー仕様です。バリアフリートイレは建物の奥にあります。

高崎市観音塚考古資料館

スペースはやや狭い個室で、ウォシュレット付き便器が備えられています。

高崎市観音塚考古資料館

館内の窓から見える中庭に、小さな土器や土偶が飾られています。

高崎市観音塚考古資料館

展示室はフラットでスペースに余裕があります。車椅子で観覧しやすい展示です。

高崎市観音塚考古資料館

観音塚古墳は古くから存在は知られていましたが、調査は行われずにいたそうです。1945年3月に近隣住民が防空壕を掘っていたところ、地中から巨大な石室が現れ、豪奢な副葬品が発見されました。終戦後から調査が始まり、1948年に観音塚古墳は国指定の史跡となり、1961年に出土品が国の重要文化財に指定されました。そして1988年に高崎市観音塚考古資料館は開館しました。車椅子では困難ですが、資料館から徒歩2分の観音塚古墳は、石室内を見学することができます。資料館の受付で懐中電灯の貸し出しサービスがあります。

高崎市観音塚考古資料館

観音塚古墳の出土品は30種300余点に及びます。高崎市観音塚考古資料館で、銅わん、太刀、馬具、銅鏡、須恵器などの出土品を観覧することができます。いずれも車椅子から見やすい展示です。

高崎市観音塚考古資料館

中央のスペースを活用して古墳時代の炊事と食事を再現した展示があります。これも車椅子から見やすい展示です。

高崎市観音塚考古資料館

高崎市観音塚考古資料館は、貴重な出土品の数々を車椅子で観覧できるバリアフリー施設です。

史跡上野国分寺跡のガイダンス施設「上野国分寺館」を別稿で紹介しています。ご参照ください。

(本稿は2022年7月に執筆しました)

吉井藩の歴史と文化を学ぶ 群馬県 吉井郷土資料館 バリアフリー情報

群馬県高崎市吉井町は、和銅4年に建てられた日本三大古碑の一つ「多胡碑」があり、江戸時代は吉井藩の城下町であった歴史と文化の町です。

吉井郷土資料館

吉井郷土資料館は1972年に開館した観覧無料の施設で、2フロア構造ですがエレベーターがありません。車椅子では1F展示室だけの観覧になります。館内に一般トイレはありますがバリアフリートイレはありません。

公共施設が集積するエリアの一角にある資料館です。アクセスは吉井駅から徒歩5分の案内。車では吉井ICから5分の案内で共用の広い駐車場があります。身障者用駐車スペースの設定はありません。乗降しやすい場所を選んで駐車してください。

1F は段差なく車椅子で観覧できます。1Fの展示テーマは吉井町に伝わる「古武道 馬庭念流」、「吉井藩主家資料」、マッチが普及するまで盛んに生産された「本家吉井の火打金」の3つです。1Fだけでも観覧する価値のある面白い資料が展示されています。

吉井郷土資料館

階段で上がる2F展示室は、吉井町の自然と古代から近代までの歴史と文化を紹介しています。

2Fの階段踊り場には「多胡碑」のレプリカが展示されていました。

吉井郷土資料館

711年に多胡郡が新たに設置されたことを記念して建立された碑で、国指定史跡に指定され、多賀城碑、那須国造碑とともに日本三大古碑の一つに数えられています。レプリカの横に詳しい解説が掲示されていました。

吉井郷土資料館

吉井郷土資料館は、2F へは階段で上がりますが、吉井町の長い歴史を学ぶことが出来る文化施設です。

高崎市の八幡古墳群を解説する「観音塚考古資料館」を別稿で紹介しています。ご参照ください。

(本稿は2022年7月に執筆しました)