日本橋高島屋「沢田教一展」 車椅子観覧ガイド バリアフリー情報

日本橋高島屋「沢田教一展」車椅子からみたバリアフリー情報

凶弾に撃たれ1970年に殉職したカメラマン「沢田教一展」。日本橋高島屋8Fホールで2017年8月16日から8月28日の開催です。

会場はバリアフリーで、観覧料の障がい者減免制度があり、本人と介助者1名が無料に減免されます。

ベトナム戦争の報道でピュリツァー賞を受賞した沢田氏。会場内は彼の業績を知る世代が多い印象です。

会場はそれほど大きなスペースではありませんが、展示される写真作品は150点超。見ごたえのある展示です。

最初は故郷青森を写した作品からの展示。そしてベトナムでの作品へと展開。ピュリツァー賞を受賞した「安全への逃避」の展示もあります。同僚を必死に介助する米兵。一人悩む米兵。兵の心を写した作品も並びます。

戦火のベトナム市井の人々を撮った写真が、数多く展示されています。爆撃におびえる子ども。小さな兄弟を懸命に守る子ども。そんな中でも笑顔がまぶしい日常の子ども。現地の子どもを写した作品です。

彼は、戦場カメラマンと呼ばれることを嫌ったということ。戦禍や悲劇ではなく、平和や希望を写したかった気持ちがよくわかる展示作品です。

奥様はご存命です。本展では、奥様へのインタビュー内容も会場内に展示。青森への深い郷土愛。現場への熱い想いなどが紹介されます。奥様は、どうしてもベトナムに行くなら一緒に行く、と強く主張したということ。沢田氏の人間性の紹介もある個展です。

ベトナム戦争の時代、カメラの小型化高性能化という技術的な背景もあり、世界中からライカを手にした若きカメラマンが、インドシナへ向かいました。無名であった沢田氏もその一人。彼は有名になりましたが、無名なまま現地で亡くなったカメラマンも相当数いるといわれています。

奥様の回顧録をみると、彼もリスクを背負い家族を悲しませた人でもあることを感じます。34歳最後の取材は、危険な行程を危険な時間帯に強行した、とも言われています。忘れてはならない沢田氏の仕事です。

日本橋高島屋S.C.のバリアフリー状況を別稿で掲載しています。ご参照ください。