※本稿は2020年10月に執筆しました。その後、令和3年9月24日、文部科学省より、令和3年文部科学省令第45号「特別支援学校設置基準の公布等について」が通知されました。その内容については別稿「特別支援学校設置基準が公布 施行は令和4年4月」をご参照ください。
「新しい時代の特別支援教育の在り方」について、文部科学省を中心に議論が行われています。2020年9月30日に開催された「第10回新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」において、「特別支援学校の設置基準の在り方について」が議題になり、その議論の内容が報道されました。「設置基準」について、議論のポイントを紹介します。
○「特別支援学校の設置基準」議論の背景
学校の設置基準とは、文部科学省令で定められている「省令」です。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校の設置基準は定められていますが、特別支援学校の文科省令はありません。
設置基準とは「1学級の児童生徒数」「学級の編成ルール」「教員教諭の人数」「校舎や運動場の面積」「教室の種類や数」「必要な設備や道具」などが定められています。
これまで特別支援学校に設置基準がなかった理由は、個別に特殊な教育を柔軟に行う必要があるので、一律的な設置基準を適用できないからです。
近年特別支援学校に通う児童生徒が増え、各地の特別支援学校で、教室不足が問題になっています。
特別支援学校は、学校教育法の定めで、都道府県に設置義務があります。教室不足がおこる原因は、国の省令の定めによる設置基準がないので、生徒増に対する都道府県行政の対応が遅れるからとされ、保護者や各種団体から、特別支援学校の設置基準を設けるべき、という意見要望があがっています。
○特別支援学校施設整備指針の概要
省令ではありませんが、文科省は「特別支援学校施設整備指針」を定め、特別支援学校はこうあるべきだ、ということを細かくまとめています。同整備指針は1996年に作成され、以後6回改訂、最新版は2016年改訂版です。
学校が設置されるのにふさわしい環境や校地、周辺および通学環境、校舎や設備の配置、教室の位置、数、内装、照明や上下水道の設備設計、地域への開放と施設の構造そして防犯システムなど、ハードウエアを中心に、特別支援学校のあるべき姿がまとめられています。
整備指針の基本方針は「高機能かつ多機能で変化に対応し得る弾力的な施設環境の整備」「健康的かつ安全で豊かな施設環境の確保」「地域の生涯学習やまちづくりの核としての施設の整備」とされています。
○特別支援学校設置基準の論点
国で設置基準を定めて、特別支援学校の教室不足問題の解決を図る方向で文科省での議論は進められています。
これに対し地方からは、財源さえあれば、地方で解決できる問題だという意見もあります。
また現実問題として、「特別支援学校施設整備指針」にすべてが適合した既存の特別支援学校はほぼなく、基準に内容によっては、全国の特別支援学校のほぼ全校が省令違反になりかねません。このため設置基準について、以下が主な論点になっています。
・最低基準にすべき、最低の基準とは何か
・最低の基準だとしても、学校編成、施設改善、設備投入などに必要な猶予期間はどれくらいか
この先にはお金の問題、すなわち国の予算と都道府県への助成金の問題があります。
○特別支援学校の多様性からみた設置基準の論点
実際にどのような設置基準があり得るのか。ある団体の請願内容を参考に論点を考察します。
・おおむね 18 学級以下で児童生徒数が 150 人以下の適正規模の学校とすること
学校及び学級が大規模にならないような基準案です。先生一人あたりの受け持ち児童生徒数が少なくする、教室不足が起こらないように児童生徒がこれ以上の数になる場合、速やかかに新設校を設置する、などが目的の案で、とても重要なことです。この案を設置基準とする場合の主な論点です。
学校の定義をどうするか。小学校から高校まである特別支援学校があります。例えば東京都の特別支援学校の場合、高校には就業技術科があります。「150人以下」という学校の定義が論点になります。
学級の定義をどうするか。年齢による学年ではなく、障がいの状況、ふさわしい授業内容によって、クラス編成をする特別支援学校があります。「おおむね 18 学級以下」でいう、学級の定義が論点になります。
学校や学級の定義が決まったとして、基準とすべき数は論点になります。
少人数の特別支援学校を経験した人に多い意見は、「友人が少ない」「運動会などのイベントが小規模」「体育館など学校施設が狭い、設備が少ない」などがあり、小規模校が最善とは限りません。
また新設の特別支援学校を経験した多くの人は、初期の混乱に悩まされた経験があります。定員オーバーだから新設校へ入学するのは、個別の問題としては簡単な判断ではありません。
・学部別に音楽室や調理室などの特別教室を備えること
・障害種別に必要な訓練室や作業室などの特別教室を備えること
施設を充実させる基準案です。児童生徒側から見た場合に、原則として問題はありません。新設校がすべてこの基準を満たしていることは望ましいことです。
この基準案の論点は、基準を満たしていない既存校をどうするかです。
どのような設備と広さがある「特別室」があると、既存校は基準を満たしているのか。何かの施設を削って、特別室を増設するのか。スペース的にどうしても増設できない特別支援学校は、将来的にどうするのか。
また増築あるいは改修にかかる費用の問題は無視したとしても、その工事中は学校生活に支障をきたします。学校の耐震工事や補修工事で、たいへんな思いをした経験者は大勢います。
・通学時間が 1 時間以内となるような基準にすること
どこでも誰でも、家の近くに特別支援学校があるべきという基準案です。これも都市部では原則として問題はありません。絶対的な距離の問題ではないので、スクールバスの増便や、家の近くにバス停を設けるなどの対策でも、通学時間を1時間以内に近づけることができます。
この基準案の論点は、離島や山間部など、基準の順守が現実的ではないエリアをどうするかです。もちろん基準を順守し、1人の児童生徒のために分校を設けることもあり得ます。その児童生徒の年齢や障がいの状況によりますが、1人の学校よりも寄宿舎生活が望ましいケースもあります。法的な観点では、居住するエリアによって差別が生じることが明らかなのに、省令で設置基準を設けることの是非も論点です。
超えるべきハードルはありますが、障がいのある児童生徒たちの教育環境をよくするために、特別支援学校の設置基準の在り方が議論されています。