特別支援学校の教室不足解消「設置基準」問題をやさしく解説

「新しい時代の特別支援教育の在り方」について、文部科学省を中心に議論が行われています。2020年9月30日に開催された「第10回新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」において、「特別支援学校の設置基準の在り方について」が議題になり、その議論の内容が報道されました。「設置基準」について、議論のポイントを紹介します。

 

○「特別支援学校の設置基準」議論の背景

学校の設置基準とは、文部科学省令で定められている「省令」です。

幼稚園、小学校、中学校、高等学校の設置基準は定められていますが、特別支援学校の文科省令はありません。

設置基準とは「1学級の児童生徒数」「学級の編成ルール」「教員教諭の人数」「校舎や運動場の面積」「教室の種類や数」「必要な設備や道具」などが定められています。

これまで特別支援学校に設置基準がなかった理由は、個別に特殊な教育を柔軟に行う必要があるので、一律的な設置基準を適用できないからです。

近年特別支援学校に通う児童生徒が増え、各地の特別支援学校で、教室不足が問題になっています。

特別支援学校は、学校教育法の定めで、都道府県に設置義務があります。教室不足がおこる原因は、国の省令の定めによる設置基準がないので、生徒増に対する都道府県行政の対応が遅れるからとされ、保護者や各種団体から、特別支援学校の設置基準を設けるべき、という意見要望があがっています。

 

○特別支援学校施設整備指針の概要

省令ではありませんが、文科省は「特別支援学校施設整備指針」を定め、特別支援学校はこうあるべきだ、ということを細かくまとめています。同整備指針は1996年に作成され、以後6回改訂、最新版は2016年改訂版です。

学校が設置されるのにふさわしい環境や校地、周辺および通学環境、校舎や設備の配置、教室の位置、数、内装、照明や上下水道の設備設計、地域への開放と施設の構造そして防犯システムなど、ハードウエアを中心に、特別支援学校のあるべき姿がまとめられています。

整備指針の基本方針は「高機能かつ多機能で変化に対応し得る弾力的な施設環境の整備」「健康的かつ安全で豊かな施設環境の確保」「地域の生涯学習やまちづくりの核としての施設の整備」とされています。

 

○特別支援学校設置基準の論点

国で設置基準を定めて、特別支援学校の教室不足問題の解決を図る方向で文科省での議論は進められています。

これに対し地方からは、財源さえあれば、地方で解決できる問題だという意見もあります。

また現実問題として、「特別支援学校施設整備指針」にすべてが適合した既存の特別支援学校はほぼなく、基準に内容によっては、全国の特別支援学校のほぼ全校が省令違反になりかねません。このため設置基準について、以下が主な論点になっています。

・最低基準にすべき、最低の基準とは何か

・最低の基準だとしても、学校編成、施設改善、設備投入などに必要な猶予期間はどれくらいか

この先にはお金の問題、すなわち国の予算と都道府県への助成金の問題があります。

 

○特別支援学校の多様性からみた設置基準の論点

実際にどのような設置基準があり得るのか。ある団体の請願内容を参考に論点を考察します。

・おおむね 18 学級以下で児童生徒数が 150 人以下の適正規模の学校とすること

学校及び学級が大規模にならないような基準案です。先生一人あたりの受け持ち児童生徒数が少なくする、教室不足が起こらないように児童生徒がこれ以上の数になる場合、速やかかに新設校を設置する、などが目的の案で、とても重要なことです。この案を設置基準とする場合の主な論点です。

学校の定義をどうするか。小学校から高校まである特別支援学校があります。例えば東京都の特別支援学校の場合、高校には就業技術科があります。「150人以下」という学校の定義が論点になります。

学級の定義をどうするか。年齢による学年ではなく、障がいの状況、ふさわしい授業内容によって、クラス編成をする特別支援学校があります。「おおむね 18 学級以下」でいう、学級の定義が論点になります。

学校や学級の定義が決まったとして、基準とすべき数は論点になります。

少人数の特別支援学校を経験した人に多い意見は、「友人が少ない」「運動会などのイベントが小規模」「体育館など学校施設が狭い、設備が少ない」などがあり、小規模校が最善とは限りません。

また新設の特別支援学校を経験した多くの人は、初期の混乱に悩まされた経験があります。定員オーバーだから新設校へ入学するのは、個別の問題としては簡単な判断ではありません。

・学部別に音楽室や調理室などの特別教室を備えること

・障害種別に必要な訓練室や作業室などの特別教室を備えること

施設を充実させる基準案です。児童生徒側から見た場合に、原則として問題はありません。新設校がすべてこの基準を満たしていることは望ましいことです。

この基準案の論点は、基準を満たしていない既存校をどうするかです。

どのような設備と広さがある「特別室」があると、既存校は基準を満たしているのか。何かの施設を削って、特別室を増設するのか。スペース的にどうしても増設できない特別支援学校は、将来的にどうするのか。

また増築あるいは改修にかかる費用の問題は無視したとしても、その工事中は学校生活に支障をきたします。学校の耐震工事や補修工事で、たいへんな思いをした経験者は大勢います。

・通学時間が 1 時間以内となるような基準にすること

どこでも誰でも、家の近くに特別支援学校があるべきという基準案です。これも都市部では原則として問題はありません。絶対的な距離の問題ではないので、スクールバスの増便や、家の近くにバス停を設けるなどの対策でも、通学時間を1時間以内に近づけることができます。

この基準案の論点は、離島や山間部など、基準の順守が現実的ではないエリアをどうするかです。もちろん基準を順守し、1人の児童生徒のために分校を設けることもあり得ます。その児童生徒の年齢や障がいの状況によりますが、1人の学校よりも寄宿舎生活が望ましいケースもあります。法的な観点では、居住するエリアによって差別が生じることが明らかなのに、省令で設置基準を設けることの是非も論点です。

 

超えるべきハードルはありますが、障がいのある児童生徒たちの教育環境をよくするために、特別支援学校の設置基準の在り方が議論されています。

(本稿は2020年10月に執筆しました)

2010年代の障がい児教育政策と2020年特別支援教育の状況

日本は2007年9月に「障害者権利条約」に署名しました。2011年には「障害者基本法の改正」、2012年「障害者総合支援法の成立」、2013年「障害者差別解消法の成立」など、2010年代は障がいの者を取り巻く社会環境が大きく変わった10年間です。

2010年代、障がい児教育ではどのような変化があったのか。特別支援教育に関わるデータと政策を中心に、経緯と現在の状況を紹介します。

 

○特別支援教育を受ける児童生徒の増加

2010年代は日本全体では出生児数の減少が続き、児童生徒の全体人数は約10%減少しています。

・義務教育段階の全児童生徒数

2009年度 1,074万人 → 2019年度 973万人

その中で特別支援教育を受ける児童生徒数は、ほぼ倍増しました。

・特別支援学校等の(小中)在校生数

2009年度 25.1万人 → 2019年度 48.6万人

その結果、2020年には、全児童生徒の20人に1人は特別支援教育を受けています。

・特別支援学校等の(小中)在校生の占有比

2009年度 2.3% → 2019年度 5.0%

特別支援教育48.6万人の内訳をみると「特別支援学校」の在籍者は約20%増加しました。

・特別支援学校    2009年度  6.2万人 → 2019年度  7.5万人

「特別支援学級」の児童生徒は2倍超の増加。

・特別支援学級    2009年度 13.5万人 → 2019年度 27.8万人

そして、いわゆる「通級」を利用している児童生徒が2.5倍になりました。

・通常学級からの通級 2009年度  5.4万人 → 2019年度 13.3万人

以上は小中学校の実績です。

2018年度からは高等学校段階における通級による指導が開始され、2019年度からは全都道府県において実施されています。

 

○医療的ケア児への対応

2011年には、研修を受けた教員が一定の条件下で医療的ケアを行える制度が始まりました。

文部科学省の調査によると、特別支援学校の通学級に在籍している児童生徒の中で、医療的ケア児は10年間で約15%増加しています。

・特別支援学校の在籍者数 2010年 7,306人 → 2019年 8,392人

これに対し、特別支援学校に在籍する看護師は、約2.3倍になりました。

・特別支援学校の看護師数 2010年 1,049人 → 2019年 2,430人

この他に訪問級に在籍する児童生徒がいます。

・2019年5月1日現在、小学部1,247人、中学部754人、高等部822人

 

医療的ケア児の特別支援学校への通学には2つの問題があります。

・スクールバスを利用できない=保護者による登下校通学

・校内での医療的ケアが保護者しか出来ない=保護者の校内待機

この2点については、2020年現在道半ばの状況です。医療的ケアの体制が用意できた一部の都道府県の一部の学校、その運用ガイドラインに該当する一部の児童生徒が、スクールバスで登校して、教員あるいは看護師から医療的ケアを受けています。

 

○教科書のバリアフリー化の推進

2017年4月に新特別支援学校小学部・中学部学習指導要領、2019年2月に新特別支援学校高等部学習指導要領が公示されました。ポイントは以下の3点とされています。

・重複障害者である子供や知的障害者である子供の学びの連続性

・障害の特性等に応じた指導上の配慮の充実

・キャリア教育の充実や生涯学習への意欲向上など自立と社会参加に向けた教育等の充実

これに連動して教科書が新しくなります。

・拡大教科書の発行

2019年度に使用された検定教科書では、弱視の児童生徒向けの拡大教科書が、ほぼ全点で発行されました。

・デジタル教科書への移行

2018年に「学校教育法」の改正が行われ、2019年度より、障がいにより紙の教科書を使用して学習することが困難な児童生徒には、教育課程の全部において、紙の教科書に代えて学習者用デジタル教科書を使用することができるようになりました。

 

○クラス編成と教員配置数の改善

教員数と児童生徒数に関する改正の歴史です。

2011年4月に「義務標準法」が一部改正され、通常の学級に在籍する障害のある児童生徒を対象とした通級による指導の充実など特別支援教育に関する加配事由が拡大されました。

2017年3月の「義務標準法」改正で、2017年度から公立小・中学校における通級による指導など特別な指導への対応のため、10年間で対象児童生徒数に応じた定数措置(基礎定数化)を行うこととしました。この他に、特別支援学校のセンター的機能強化のための教員配置など、特別支援教育の充実に対応するための加配定数の措置が行われました。

2018年3月に「公立高等学校の適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律施行令」が改正され、公立高等学校における通級による指導のための加配定数措置が可能になりました。

このような改正により、2020年現在の1学級の児童生徒数の標準は、公立特別支援学校では、小・中学部6人、高等部8人(いわゆる重複障害学級にあってはいずれも3人)、 公立小・中学校の特別支援学級では8人となっています。

 

○特別支援教育に関わる教員の専門化

2007年度より、従来、盲学校・聾学校・養護学校ごとに分けられていた教諭の免許状が、 特別支援学校の教諭の免許状に一本化されています。

2017 年11月に「教育職員免許法施行規則」が改正され、教職課程において「特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒に対する理解」に関する科目が必修化されました。

2019年4月からは、中央教育審議会の審査に基づき、文部科学大臣の認定を受けた大学において新しい教職課程が始まっています。

・特別支援学校の教師の特別支援学校教諭等免許状の保有率

2018年5 月1日現在のデータで、全体では79.8%です。

 

○地域連携と個別の教育支援計画の策定

2012年7月の「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進報告」で、「教育委員会や学校等は、医療、保健、福祉、労働等の関係機関等との適切な連携が重要であり、関係行政機関等の相互連携の下で、広域的な地域支援のための有機的なネットワークを形成することが有効である」ことが示されています。

これをうけて文部科学省では、特別な支援が必要な子供が就学前から卒業後にわたる「切れ目ない支援」を受けられる体制整備への取組みを推進しています。

2016年6月に「発達障害者支援法の一部を改正する法律」が公布され、「発達障害児がその年齢・能力に応じ、かつその特性を踏まえた十分な教育を受けられるよう、可能な限り発達障害児が発達障害児でない児童と共に教育を受けられるよう配慮すること」や、「支援体制の整備として個別の教育支援計画・個別の指導計画の作成推進、いじめの防止等のための対策の推進等」が規定されました。

2018年8月には「学校教育法施行規則」が改正され、「個別の教育支援計画の作成に当たっては、児童生徒等又はその保護者の意向を踏まえつつ、医療、福祉、保健、労働等の関係機関等と当該児童生徒等の支援に関する必要な情報の共有を図らなければならない」とされました。

2019年度からは、学校と放課後等デイサービス事業所などとの連携方法のマニュアルを作成するモデル事業が開始されています。

・特別支援学校高等部の進路

2019年5月1日現在のデータでは、特別支援学校高等部卒業者の進路は、福祉施設等入所が約60.6%、就職が約32.3%です。

 

2010年代の10年間で、障がい児の教育環境は大きく変わりました。よりよい教育の実現を目指して、2020年代は始まっています。

(本稿は2020年8月に執筆しました)

医療的ケア児がスクールバス通学 都立特別支援学校のガイドライン

医療的ケアが必要な児童・生徒のスクールバスでの通学は、重度障がいと共に生きる多くの家族にとって、切実な要望です。

2019年5月には、宮城県で特別支援学校高等部に通う医療的ケアが必要な生徒が、喀痰が原因で登校中のスクールバスの中で心肺停止状態となり搬送され、病院で死亡が確認されるという事案が発生しました。

東京都では2018年度から、一部の特別支援学校での「専用通学車両」での運行が順次始まっています。2019年4月に「都立学校教育部特別支援教育課」から公表された「都立肢体不自由特別支援学校における専用通学車両の運行に関するガイドライン」から、医ケア専用のスクールバス通学を行うための手順や注意点を紹介します。

○利用できる児童・生徒の要件

大前提として以下の3つの基準を満たす、とされています。

・体調、生活リズムが安定し、定期的に登校でき、決められた時間にバス停に来ることができる。

・主治医に加え学校医又は指導医が乗車可能と認めている。

・保護者が専用通学車両の運行条件を理解し、協力をすることができる。

この3つの基準に関連して、様々な要件が示されています。以下、保護者側からみたポイントを抜粋して紹介します。

○学校都合による保護者への同乗依頼

本格利用を始める前に、一定期間は保護者が同乗して、医療的ケアに関する確認を行います。

また、看護師が確保できない、急病により乗車できない場合などは、保護者が同乗します。

○人工呼吸器などは対象外

スクールバス内で実施できる医療的ケア項目は指定されています。

「呼吸補助装置の管理」と「人工呼吸器の作動状況の確認及び緊急時の連絡等」は「当面の間、専用通学車両内では実施しない」「今後の検討課題」です。

「血糖値測定及びその後の処置」は実施しません。

「経鼻エアウェイの挿入・抜去」は「緊急時対応」です。

○スクールバス利用の可否は毎年確認

必要があれば随時、問題がなくても毎年11月頃を目安に、医師、看護師、学校責任者と保護者で、次年度のバス利用の可否を確認します。当年度の利用状況や健康状態の変化などによっては、次年度はバスを利用できない可能性があります。

また、利用条件を十分に満たした児童・生徒でも、転校生はすぐにはスクールバスを利用できません。医療的ケアの学校での充分な状況確認、バスや看護師の手配が出来てからの利用になります。

○「夏休み明け初日」などは利用できない

児童・生徒の体調不良時は、バスは利用できません。ガイドラインでは、以下の場合は体調不良がなくても利用できないとしています。

・長期休業日明けの登校1日目の登校便

・1週間以上欠席した場合の登校1日目の登校便

・登校のバスで医療的ケアが通常時と比較し、頻回発生しているときの下校便

○その他一般的な事項

ガイドラインでは保護者に対して、以下の事項の協力をもとめています。

・主治医との連絡、学校あての意見書の申請と受け取り

・乗車マニュアルの共同作成と確認

・健康チェックカードの記入など、スクールバス乗車看護師への児童・生徒の日常的な健康状態の引継ぎ

・医療的ケアで使用する機器の充電や必要物品の用意

・緊急時の対応協力、常に連絡がとれること

 

まだ一部の児童・生徒に限られますが、医療的ケア児のスクールバス通学が始まっています。

(本稿は2020年8月に執筆しました)