伊勢の遥宮 小石川大神宮 バリアフリー情報

東京都文京区小石川の小石川大神宮は、2021年5月に新社殿に遷座しました。ビルと一体になって建てられた旧社殿があった地よりも、少し富坂を上がります。春日通りの反対側には中央大学がある地点です。春日通りの歩道から、舗装路を進みます。

小石川大神宮

新社殿の周囲は石が敷き詰められています。

小石川大神宮

拝殿までは大きいサイズの白石。

小石川大神宮

その両脇には小さいサイズの黒石が敷かれています。車椅子での石上の移動は困難です。

小石川大神宮

社殿の横に社務所がありますが、黒石を乗り越えて向かいます。

小石川大神宮

社殿は下の車シャンのような造りです。

小石川大神宮

社務所の反対側に、1973年に逝去された小石川大神宮創立者の像、手水舎などがあります。

小石川大神宮

お清めの水は、前に立つと自動で水が流れます。「社務所にてマイ柄杓を授与しております」と案内されています。

小石川大神宮

神宮宇治橋の絵が奉納されています。

小石川大神宮

小石川大神宮は1966年に出来た新しい大神宮で、正式な手続きと決裁を受けた、伊勢神宮の分神たる社格と由緒をもっている、天照皇大神を永久に奉斎するための特別御神璽(おほみしるし)である皇大御神の別大麻を伊勢神宮より奉戴している神社です。

小石川大神宮

伊勢神宮からは遙宮(とうのみや)と呼ばれています。神道の正式な解釈では、天照大神は伊勢の内宮にいます。遙宮(とうのみや)には「 御分霊」がいます。皇大神の御身像に厳かな儀式をもって入魂して後神楽殿に安置され、大御神と並び扱われています。

東京のお伊勢さま「東京大神宮」の詳しいバリアフリー情報を別稿で掲載しています。ぜひご覧ください。

(本稿は2021年9月に書き直しました)

徳川家の菩提寺 伝通院 車椅子お参りガイド バリアフリー情報

東京都文京区小石川の「伝通院」は、車椅子で境内に立ち入ることができる寺院です。現地の状況と寺院の歴史を紹介します。

伝通院

伝通院の寺歴概略です。開山は1415年。その後小さなお寺として続いていました。転機は1602年、徳川家康の生母である「於大(おだい)の方」が逝去。法名を「傳通院殿蓉誉光岳智光大禅定尼」と号し、この寺を菩提寺としたことから「傳通院」と呼ばれるようになり現在に至っています。

「でんづういん」と濁音で読みます。宗派は浄土宗。江戸最盛期には1000人の学僧が修行した大寺院であったと伝えられています。

伝通院の寺歴概略

伝通院は著名人の墓が多い寺院です。徳川家では、千姫、孝子の他、若くして亡くなった将軍の子息子女が多数。作家では佐藤春夫、柴田錬三郎、他。

著名人の墓標

指圧で有名な浪越徳次郎氏のお墓「指塚」もあります。指圧を模した墓標です。ちなみに浪越氏の指圧の学校は伝通院通りにあり、この学校にも指圧を表現したオブジェがあります。

浪越徳次郎氏のお墓「指塚」

空襲で全焼しているので、残念ながら歴史的な建造物は全く残っていません。ただし著名人のお墓は焼け残っています。現在の本堂は1988年に再建。山門は2012年に再建されました。

本堂は1988年に再建

文豪の作品にも登場します。代表は永井荷風。他にも、夏目漱石、二葉亭四迷、菊池寛、徳田秋声、岡本綺堂、中里介山・・・。現代では読まれることが少なくなっている文豪の作品に、伝通院はよく登場します。おそらく昔は、作品を読んでこの地を訪れる人も多かったのではないでしょうか。

司馬遼太郎さんの作品によれば、新撰組の近藤勇が師範代だったころの道場は、伝通院のすぐ隣にあったそうです。

文豪の小説の舞台

駅からはやや距離があり、かつ地形として高台の上にあるので、上り坂を行きます。地下鉄の春日・後楽園駅からなら「富坂」を上る、飯田橋方面からなら「安藤坂」を上る立地です。

車椅子でのアクセス

境内には40台を収容する駐車場があります。葬儀などが行われていない時は、一般参拝者も利用できます。ただし駐車場は砂利路面で、車椅子での移動は快適ではありません。

境内には40台を収容する駐車場

境内は全体的にバリアフリーではありません。

2012年に再建された山門は段差があり、車椅子では通行不能、横の車道から入ります。

山門は段差

1988年に再建された本堂は階段形式です。

再建された本堂は階段形式です。

境内に公衆トイレはありません。

古いお墓のエリアは、未舗装路や段差のある石畳路です。車椅子では、無理なく移動出来る範囲は限られます。

古いお墓のエリアは、未舗装路や段差のある石畳路

有名人の墓地エリアに入るには「事務所でお線香を買ってください」というルールになっています。

事務所でお線香を買ってください

周辺の状況です。江戸の仏閣密集エリアとしては「谷根千」が有名ですが、伝通院周辺も数多くの寺院が現存しています。明治期の廃仏毀釈の嵐に耐えたお寺群です。

本堂は1988年に再建文京西方方面へ抜ける伝通院のすぐ前の坂は「善光寺坂」。長野の善光寺と伝通院の交流の跡を伝える名称といわれています。

伝通院のすぐ前の坂は「善光寺坂」

伝通院は江戸初期から歴史の舞台になり、明治以後の文豪の作品にもたびたび登場するので、知名度は高いお寺です。しかし観光客がほとんど来ない、とても静かなお寺です。

文京区の「護国寺」の詳しいバリアフリー情報を別稿で掲載しています。ぜひご覧ください。

(本稿は2019年9月に執筆しました)

文京区立文京ふるさと歴史館 車椅子観覧ガイド バリアフリー情報

東京都文京区は弥生式土器発掘の地です。「文京区立文京ふるさと歴史館」は、車椅子で利用できる、古代からの文京区の歴史を学ぶ文化施設です。現地のバリアフリー状況を紹介します。

文京区立文京ふるさと歴史館

文京区立の歴史民俗分野の資料館です。

文京区立の歴史民俗分野の資料館

春日方面からは急坂を上る場所です。正面入口前のスペースが身障者用駐車場になっています。

正面入口前のスペースが障害者用駐車場

館内はバリアフリー仕様です。1991年開館の施設ですが、バブル期的な雰囲気はありません。

文京区立文京ふるさと歴史館

1Fと2Fが常設展示室、B1が企画展示室です。屋外から利用する地下の屋外展示場へは階段で下ります。

地下の屋外展示場

この展示場は車椅子で観覧できません。

地下の屋外展示場

「文京ふるさと歴史館」は有料施設ですが障がい者減免制度があり、本人と介助者1名の入館料が無料に減免されます。1Fにバリアフリートイレが有り、館内にはエレベーターが1基あります。そもそもは段差のある設計ですが、改修で最低限のバリアフリーは確保できています。

常設展は1Fから始まります。その後通常は階段で2Fへ上るルート設定です。車椅子利用者は館内奥にあるエレベーターに迂回して、上下階を移動します。

展示内容は文京区の地形の解説、竪穴式住居の展示、江戸時代の街づくりなどです。いくつか電子的な仕掛けがある展示物がありますが、ほとんどが節電対応中で利用希望者はスタッフへ申告するルールになっています。

特別展などが開催される企画展示場はB1です。B1は収蔵庫がある構造でそもそも展示場サイズが小さく、1F・2Fの常設展示場の半分以下のスペースです。B1の展示スペースは狭くなりますが、フラットなので車椅子で見学可能です。

文京区エリアは古代から弥生人が活動した地ですが、町として発展したのは江戸時代で、その契機は火事と水ということです。明暦の大火で多くの大名屋敷と寺社が文京区に移転したこと。また江戸への水道として神田上水が建設されたこと。村から町に変わった契機はこの二つでした。そういう歴史が学べる「文京ふるさと歴史館」です。

「文京区立文京ふるさと歴史館」は真面目な施設です。古い施設ですが、館内はバリアフリー改修済みです。

鷗外住居跡地に建つ「文京区立森鷗外記念館」の詳しいバリアフリー情報を別稿で掲載しています。ぜひご覧ください。

(本稿は2017年12月の取材に基づいています)