上野公園 東叡山寛永寺 車椅子探訪ガイド バリアフリー情報

上野公園 車椅子で江戸歴史探訪 寛永寺バリアフリー情報

現在は東京都台東区。上野の東叡山寛永寺は、17世紀前半に天海大僧正によって創建され、最盛期には現在の上野公園全域をはるかに超える寺領をもつ大寺院でした。車椅子で上野公園を巡りながら江戸時代を想う。実は歴史探訪が楽しい上野公園です。

東叡山寛永寺

スタートは「東京国立博物館」から。ここに巨大な本坊があり、小堀遠州により庭園が造営されました。本坊は現存していません。一般公開されるトーハクの庭園は、寛永寺本坊の庭園の一部です。

最盛期の本坊は現トーハクにあった

国立科学博物館の裏、輪王殿の入口にある「旧本坊表門」は、現トーハクの地にあった本坊の門で、100mほど横に移築されました。上野戦争で官軍が彰義隊に向かって撃った弾痕が残る門です。

旧本坊表門は当時の門

トーハクの前に広がる噴水広場。ここに根本中堂がありました。寛永寺の公開資料によると、当時の根本中堂は、間口45m、奥行42m、高さ32m。なんとも壮大。建立は1698年です。

上野桜木にある現在の根本中堂は、明治政府から寛永寺の再建が許された明治12年に、川越喜多院の本地堂を移築したものです。寛永寺の創建者、天海大僧正は喜多院の僧。そのご縁からのことかと思われます。

根本中堂は噴水広場にあった

「これ以上落ちない」として受験生に人気の上野大仏。現在の大仏パコダ付近に鎮座していたようです。天災、人災、廃仏毀釈、日本軍への鉄の供出など、9回は損傷、再建を繰り返した大仏様。現存するお顔は、高さ6mの釈迦如来坐像のお顔です。残念ながらお顔は階段の上。車椅子ではパコダを下から眺めて往時を想います。

お顔だけの大仏は6mの坐像だった

段差のある施設、清水観音堂。

清水観音堂の月の松は広重が描いた

枝が丸い輪をつくる「月の松」は、段差下の公園通路からでも鑑賞できます。「月の松」は歌川広重の代表作「名所江戸百景」で描かれています。もちろん、現在ある「月の松」は広重が描いた松ではなく、近年復活させた松です。

清水観音堂の月の松は広重が描いた

東照宮の五重塔ではなく、五重塔も元は寛永寺の一部でした。現在の所有者は東京都です。五重塔は上野動物園からがベストビューです。

五重塔も寛永寺の一部

東の比叡山だから「東叡山」。家康公の遺言を受け、天海大僧正が大寺院の建立地を上野の山にした理由の一つは、比叡山と琵琶湖が再現できるからです。

不忍池は琵琶湖のイメージです。現在弁天堂がある中ノ島は、竹生島をイメージした埋立地。弁天堂は車椅子で参拝可能なバリアフリー構造です。

不忍池は琵琶湖、弁天堂は竹生島江戸時代の大寺院の跡を巡り、往時を想う。急坂道や段差路を避ければ、上野公園は車椅子で散策できます。

(本稿は2017年6月に執筆しました)