太田市立新田荘歴史資料館 車椅子利用ガイド バリアフリー情報

群馬県太田市は、古墳時代には「毛野」の中心として発展し、5世紀には東日本最大の「天神山古墳」が造営されました。そして新田義貞で名高い新田氏の荘園「新田荘」の国指定史跡「新田荘遺跡」があり、また徳川家発祥の地として三代将軍家光が創建した「世良田東照宮」とその関連施設があります。

「世良田東照宮」を中心にした一帯は、「歴史公園」として整備され、公園内に「太田市立新田荘(にったのしょう)歴史資料館」があり、太田市の歴史を紹介しています。

車椅子からみた、新田荘資歴史料館と歴史公園のバリアフリー状況を紹介します。

太田市立新田荘歴史資料館

世良田駅から徒歩20分の案内。アクセスは車が便利です。

歴史公園には広い無料駐車場があり、新田荘歴史資料館よりに3台分の身障者用駐車スペースが用意されています。

太田市立新田荘歴史資料館

やや経年劣化していますが、オレンジ色で車椅子マークがペイントされた幅広い駐車区画です。

太田市立新田荘歴史資料館

その近くから新田荘歴史資料館へ向かう、舗装通路が整備されています。

太田市立新田荘歴史資料館

その途中、駐車場の横に歴史公園の公衆トイレがあり、バリアフリートイレが用意されています。

太田市立新田荘歴史資料館

そのまま所どころデコボコがある舗装路を通り、資料館のエントランスに行くことができます。

太田市立新田荘歴史資料館

歴史公園内の「世良田東照宮」へ行く場合は、資料館の裏側からのルートのほうが、デコボコが少ない路面です。駐車場から段差回避箇所を上がります。

太田市立新田荘歴史資料館

その先は境内の手前まで、ほぼフラットな舗装通路が続きます。

太田市立新田荘歴史資料館

歴史資料館のバリアフリー状況です。前庭にある新田義貞公像の横を通り、資料館入口に向かいます。資料館のエントランス前は階段ですが、両脇が段差回避スロープになっています。

太田市立新田荘歴史資料館

エントランスはフラットで広い自動ドア。車椅子で問題なく出入りができます。資料館はワンフロア構造で、館内に段差はありません。

太田市立新田荘歴史資料館

新田荘歴史資料館は有料の施設ですが、入館料の障がい者減免制度があり、本人と介助者1名が無料に減免されます。受付で障害者手帳を提示して減免措置を受けます。

太田市立新田荘歴史資料館

館内にバリアフリートイレが用意されています。スペースは一般的なサイズの個室で、ウォシュレット付き便器が備えられています。オストメイトなどの設備はありません。

太田市立新田荘歴史資料館

エントランスホールにも展示物があります。展示室内は写真撮影禁止です。

太田市立新田荘歴史資料館

常設展示は大きく「原始・古代」、「中世」、「近世」に分かれます。「原始・古代」では出土した土器や古墳などを展示。「鷹匠埴輪」と呼ばれる肩に鳥を乗せた珍しい埴輪があります。

「中世」は新田荘を中心にした解説。新田家から岩松氏へ。そして戦国時代には上杉、武田、北条氏などの時代へと移ります。

「近世」では「世良田東照宮」など、太田における徳川家の歴史と、明治維新まで続いた岩松家の歴代当主による「新田猫」の絵などを中心に展示解説されます。

今回取材時は、企画展「世良田東照宮の宝物」が開催されていました。常設展、企画展共に、車椅子で問題なく観覧できます。

太田市立新田荘歴史資料館

次は歴史公園のバリアフリー状況です。歴史資料館から世良田東照宮がある歴史公園方面へ移動します。資料館を出てエントランス左側のスロープを下ります。

太田市立新田荘歴史資料館

歴史公園まで多少のデコボコがある舗装通路が整備されています。

太田市立新田荘歴史資料館

最初の見えてくるのは「真言院井戸」。儀式に用いる浄水を汲むための井戸です。

太田市立新田荘歴史資料館

井戸の横に巨大な桜の樹があります。

太田市立新田荘歴史資料館

根元に「群馬県一太いソメイヨシノ 樹年齢不詳」と掲示があります。

太田市立新田荘歴史資料館

ここから先は薄く砂利がまかれた未舗装路面です。快適ではありませんが、なんとか車椅子は動きます。

太田市立新田荘歴史資料館

現地にある世良田東照宮の案内板です。主祭神はもちろん徳川家康公です。

太田市立新田荘歴史資料館

世良田東照宮に近づくほど砂利が厚くなり、車椅子の進みが悪くなります。

太田市立新田荘歴史資料館

社殿の正面まで、なんとか車椅子で移動できました。賽銭箱がある参拝場所は、デコボコ石畳の先ですが、決定的な段差はありません。

太田市立新田荘歴史資料館

車椅子では無理をしてここまで。この先は砂利が深くなり、有料の拝観エリアは段差があります。

本殿をバックにした顔出し記念撮影スポットがあります。

太田市立新田荘歴史資料館

隣にある稲荷様は、階段構造の社です。

太田市立新田荘歴史資料館

太田市立新田荘歴史資料館は、車椅子で観覧できるバリアフリー施設です。歴史公園は車椅子で無理のない範囲での参拝と散策になります。

太田駅北口前の文化施設「太田市美術館・図書館」を別稿で紹介しています。ご参照ください。

(本稿は2021年10月に執筆しました)

ハンセン病負の遺産 重監房資料館 車椅子観覧ガイド バリアフリー情報

群馬県草津町にある国立の資料館です。国立療養所「栗生楽泉園」の隣接地に、2014年に開館しました。「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」により定められた、「ハンセン病患者の名誉の回復を図る」ために、差別と偏見の「歴史に関する正しい知識の普及啓発」を行い、「人権尊重の精神を育む」ことが理念です。

「重監房」とは1938年から1947年まで、「栗生楽泉園」にあった「特別病室」のことです。全国のハンセン病療養所から、行動に問題のある収容者が「草津おくり」にされ、ここに監禁されました。

重監房資料館は入館無料の施設です。団体見学は事前予約が必要で、現在は個人見学でも、コロナ対策で事前予約が推奨されています。また冬季は除雪が必要なため、11月15日から4月25日の間は、個人も事前予約が必要です。

アクセスは車が便利です。重監房資料館へは、国道から未舗装の横道に入り、大粒な石がゴロゴロしている道を400ⅿ~500ⅿほど通行します。この未舗装路面は車椅子では移動できません。車椅子利用者は、車またはタクシーの利用をお薦めします。

重監房資料館はバリアフリー仕様です。来館者用の広い無料駐車場があり、駐車場からのアプローチの先、エントランス前に1台分身障者用駐車スペースが設定されています。

重監房資料館

ただしレンガ壁に沿うアプローチには方向転換するスペースがありません。頭から身障者用駐車スペースに進むと、帰りはアプローチをオールバックで戻ることになります。

重監房資料館

エントランス周辺に段差はありません。出入口は幅広い自動ドアです。

重監房資料館

館内に入ると受付があります。予約名を告げ、検温と簡単なアンケートをして、入館手続きとなります。

重監房資料館

バリアフリートイレは用意されています。スペースに余裕がある個室で、ウォシュレット付き便器です。オストメイト、ユニバーサルベッドはありません。

重監房資料館

館内の展示は一定のルールに従い写真撮影はできますが、SNSなどへの掲載は禁止されています。

見学の最初は「レクチャー室」での映像プログラムの鑑賞です。ハンセン病患者への偏見と差別を中心に、日本の負の歴史が紹介されます。今回取材時に鑑賞したプログラムは、23分間の力作でした。レクチャー室は、教室スタイルの部屋で可動式の椅子が配置されています。車椅子での鑑賞は可能です。

次に重監房の「実寸大部分再現展示」がある、第一展示室に移動します。ここでは、重監房での監禁の様子を描いた「再現映像」を鑑賞します。7分間のプログラムです。壁をスクリーンにして可動式の椅子が配置されているので、車椅子で問題なく鑑賞できます。

再現映像を観た後に、重監房の「実寸大部分再現展示」の見学になりますが、ここは段差や通路が狭い箇所があり、車椅子では無理のない範囲での見学になります。車椅子から見学可能な範囲だけでも、重監房の異常さが深く理解できます。

展示で再現されている季節は冬。独房内は零下20度まで下がることもありましたが、薄い敷布と掛け布団だけが与えられていました。93名が収容され、23名が亡くなったと言われています。最長で500日を超えて収監された人がいます。おそらく2回の冬を重監房で過ごしたものと想像されます。

次は第二展示室へ。「歴史コーナー」「出土遺物展示」「発掘調査報告コーナー」「証言映像ブース」、そして企画展示コーナーなどがあります。

今回取材時は企画展「重監房を報道した男~関喜平展~」が開催されていました。重監房の存在は、一人の新聞記者のスクープにより世の中に知られました。

重監房資料館の隣接地は、現在も国立療養所「栗生楽泉園」があり、元患者が生活しています。もちろん、このエリアの見学はできません。

重監房資料館

重監房に収容された患者への食事の提供、そして重監房で亡くなった遺体の収容などは、栗生楽泉園に収容されていた患者の仕事であったそうです。冬季の遺体は監房内で凍り付いているので、気温が上がる昼過ぎにしか、収容できなかったということです。

重監房資料館

重監房があった地は、重監房資料館からは少し離れた場所で、草木をかき分けて進む未舗装路の先になります。重監房資料館は、車椅子で見学ができるバリアフリー施設です。

東京都東村山市の多磨全生園内にある「国立ハンセン病資料館」を別稿で紹介しています。ぜひご覧ください。

また別稿で、山梨県にあるハンセン病患者の救済に尽くし、自叙伝がベストセラーとなり、後に映画化された小川正子氏を紹介する記念館「小川正子記念館」を紹介しています。ご参照ください。

(本稿は2021年9月に執筆しました)

やんば天明泥流ミュージアム 車椅子観覧ガイド バリアフリー情報

2021年4月開館。群馬県長野原町の吾妻川沿い、八ッ場ダムの近くにあるミュージアムです。

1783年、江戸時代の天明3年に浅間山が大噴火。吾妻川に泥流が流れ込み、流域の村々を襲い、約1,500人の犠牲者がでる惨事となりました。流域は岩石、泥、瓦礫などにより、3ⅿから4ⅿの土砂に埋まり、遺体や家財道具などが東京湾や利根川河口の銚子に流れ着いたと伝えられています。これが「天明泥流」です。

八ッ場ダム建設工事に伴い、1994年から26年間にわたり、大規模な発掘調査が行われ、縄文時代から江戸時代までの遺跡が重層的に発見されました。「天明泥流」を中心に調査の成果を紹介し、当時の状況を体感する施設が「やんば天明泥流ミュージアム」です。

アクセスは車が便利です。来館者用の無料駐車場があり、身障者用駐車スペースが2台分用意されています。

やんば天明泥流ミュージアム

駐車場からミュージアムに向かいます。「やんば天明泥流ミュージアム」は傾斜地にあるので、駐車場からエントランスまでアップダウンがあります。

やんば天明泥流ミュージアム

車椅子利用で気を付けるポイントはこの区間です。階段路を回避するスロープが設置されています。スロープ路に入る手前の路面の傾斜が見た目よりも急です。車椅子は後ろ向きで下りることをお薦めします。帰りも同じルートなので、短い距離ですが急坂を上がることになります。

やんば天明泥流ミュージアム

エントランス手前の左側に建つのは、明治44年築の小学校の旧校舎です。八ッ場ダム水没地から移転されました。

やんば天明泥流ミュージアム

旧校舎は無料公開施設で、内部には旧小学校関連資料及び町の郷土資料などが展示されています。

やんば天明泥流ミュージアム

入口に段差があり、靴を脱いでスリッパに履き替えて見学します。段差回避スロープは無く、旧小学校は車椅子での内部見学は出来ません。

やんば天明泥流ミュージアム

ミュージアムの内部はバリアフリー仕様。エントランスは幅広い自動ドアです。

やんば天明泥流ミュージアム

入館すると総合案内があります。「やんば天明泥流ミュージアム」は有料施設ですが、入館料の障がい者減免制度があり、本人と介助者1名が半額に減免されます。一般入場券は自動販売機で購入しますが、障がい者減免措置を受ける場合は、総合案内のスタッフに障害者手帳を提示して、現金で支払います。

やんば天明泥流ミュージアム

見学ルートの最初は「天明泥流体感シアター」の鑑賞です。天明時代の吾妻川流域に生きた村民の日常生活と、浅間山の噴火、そして天明泥流に襲われるまでを、10分超の映像で再現します。大画面があるシアターに、動かせるクッションシートが配置されている構造なので、好きな場所から車椅子で鑑賞できます。スタッフの誘導に従い、鑑賞してください。良く出来た作品です。これを見ると天明泥流の理解が深まります。

やんば天明泥流ミュージアム

次に展示室に向かいます。入口は自動ドア、展示室内は段差のないバリアフリー仕様です。

やんば天明泥流ミュージアム

最初の展示は「ガイダンス」、そして「よみがえる人々のくらし」と続き、天明泥流の全体概要、発掘された江戸時代の生活道具などが展示解説されています。

やんば天明泥流ミュージアム

次の展示は「うばわれた日常」。天明泥流の被害の凄まじさが理解できる出土品や古記録が展示解説されます。

やんば天明泥流ミュージアム

そして「災害の記憶」。先人たちが後世に伝えた、災害の記憶が紹介されます。

やんば天明泥流ミュージアム

最後が「テーマ展示室」。出土した土器や石器の展示により、古代からの八ッ場地域の歩みを解説します。

やんば天明泥流ミュージアム

展示室を退室したところに、バリアフリートイレが用意されています。スペースに余裕がある個室で、設備はフル装備です。ユニバーサルベッドはありません。

やんば天明泥流ミュージアム

「やんば天明泥流ミュージアム」はコンパクトな施設ですが、噴火による大災害の実際を深く理解できるミュージアムです。車椅子はエントランス手前の傾斜箇所だけは、慎重に移動してください。

八ッ場ダムに隣接した「道の駅八ッ場ふるさと館」を別稿で紹介しています。ご参照ください。

(本稿は2021年9月に執筆しました)