障がい者への虐待 通報を受けてからの行政の対応マニュアル

障がい者への虐待 通報を受けてからの行政の対応

2011年に成立、翌2012年に施行された「障害者虐待防止法」では、「障害者の福祉に業務上関係のある団体や職員等は、障害者虐待の早期発見に努めなければならない」とされ、「虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに通報しなければならない」としています。

18 歳未満の障がい者に対する親など養護者による虐待に関する通報は、障害者虐待防止法ではなく、児童虐待防止法の規定が適用されます。

では通報を受けた行政は、どのような対応をするのか。厚生労働省が取りまとめている「市町村・都道府県における障害者虐待の防止と対応の手引き」に準拠して、通報後に行われる主な対応を紹介します。

○初動対応の基本パターン

通報窓口は「市町村虐待防止センター」です。通報等は休日・夜間でも迅速かつ適切に対応できる体制を整備します。匿名による通報であっても、通報内容を聞きます。警察が虐待の事実を把握した場合も、このセンターに連絡することになっています。

通報を受けると、伝聞情報かそれとも直接聞いた情報か、誰から聞いた情報か、目撃した事実かなど、通報者やその周囲の人から聞き取りを行い、なるべく具体的に5W1Hを確認して、受付記録を作成します。

受付記録をもとに、担当部局管理職や市町村障害者虐待防止センターの担当者などで、組織的に初動対応、すなわち事実確認の方法や関係機関への連絡や情報提供依頼等に関する今後の対応方針、職員の役割分担等を決定します。

○福祉施設や会社の所在地と住所市町村が異なる場合

福祉施設での虐待が通報されたケースで、施設の所在地と支給決定地が違う場合、どちらの市町村にも通報等が行われる可能性がありますが、その場合は通報者への聞き取り等の初期対応は通報を受けた市町村が行います。そしてその後は、原則として支給決定を行った市町村が担当します。ただし状況に応じて、双方の市町村ならびに都道府県が協力することとしています。

会社などでの虐待が通報されたケースで、事業所の所在地と障がい者の居住地が異なる場合も同様で、原則として障がい者が居住する市町村が対応します。

○最優先は障がい者の安全確保

障がい者の生命に関わるような緊急事態の場合は、入院や措置入所等の緊急保護を行います。この場合は、被害者本人による自己決定が難しい場合でも保護します。

○守秘義務と通報者へのアドバイス

市町村虐待防止センターで通報等を受理した職員は「通報等をした者を特定させる情報を漏らしてはならない」守秘義務があり、通報者に関わる情報を厳重に管理します。

また通報者が、障がい者や養護者・家族等に継続して関わる可能性がある場合には、関わり方等についての要望やアドバイスを伝えます。

通報者から通報後の経過について問い合わせがあった場合は、市町村には守秘義務があり、個人情報に属することについては通報者に報告できないことを伝え、理解を求めます。

○通報内容に関する情報収集

事実確認に当たっては、原則として2人以上の職員で速やかに訪問を実施し、本人や加害者に通報の事実を確認します。特に調査先が福祉施設や事業所の場合は、記録用にICレコーダー等の録音機材や、ビデオカメラ、デジタルカメラ等の映像を記録できる機材を携行します。

また市町村内の他部局、相談支援専門員や障害福祉サービス事業所、民生児童委員等、当該障がい者と関わりのある機関や関係者から情報収集をします。

各地方公共団体が保有する相談記録や、関係機関から収集する情報は、各地方公共団体が定める個人情報保護条例に従い収集します。

障がいがあることに関わる情報の収集は、行政機関個人情報保護法で「要配慮個人情報」として規定されるので、帳簿等に要配慮個人情報に関する取扱いの有無を記載するなどの対応が必要になります。

○立入調査権の発動

障がい者の姿が長期にわたって確認できないなど緊迫した状況で、養護者が訪問に応じないなど非協力的な対応の場合、法律に基づいた行政行為として、所定の手続きを行い、立入調査を実施できます。

立入調査は市町村障害者虐待防止センターではなく、市町村の障害福祉所管課職員が行います。その際は、法律で警察署長に対し援助を求めなければならないとされています

○悪質な福祉施設へのペナルティ

虐待が通報された福祉施設が、質問に対して虚偽の答弁をしたり、検査を妨害したりした場合は、障害者総合支援法の規定により、指定の取消しを行ったり、30 万円以下の罰金に処することができます。

更に市町村長又は都道府県知事は、社会福祉法及び障害者総合支援法その他関係法律に規定された権限を行使し、虐待防止改善計画の作成や第三者による虐待防止委員会の設置を施設に求め、改善計画の進捗を第三者委員に定期的にチェックさせて、その報告を受け、必要に応じて当該事業所に対する指導や助言を行います。

管理者、設置者が自ら虐待を行っていた場合や、職員の虐待行為の放置、虚偽報告、隠蔽等悪質な行為があった場合は、当該管理者、設置者を施設の運営に関与させない指導を行い、体制の刷新を求められます。

指導に従わない場合は、社会福祉法及び障害者総合支援法に基づいて、勧告・命令、指定の取消し処分等の権限を行使できます。

○コアメンバー会議で判断

事案の担当者のみではなく、担当部局管理職や市町村障害者虐待防止センターメンバーなどで、コアメンバー会議または虐待対応ケース会議などを開催し、収集した情報に基づいて「虐待の判断」「緊急性の判断」「支援方針の決定」を行います

○虐待か否かの判断ポイント

どのような事象が虐待に該当するのかは、別途定めがあります。対応マニュアルでは4つの判断ポイントを示しています。

①虐待をしているという加害者の「自覚」は問わない

②被害者である障がい者本人の「自覚」は問わない

③親や家族の意向が障がい者本人のニーズと異なる場合は、本人の支援を中心に考える

④虐待の判断はチームで行う

○本人の自己決定を支援する

虐待を受けた障がい者が、地域において自立した生活を円滑に営めるように、生活全体への支援を意識しながら、障がい者が本来持っている力を引き出す関わりを行うこと、としています。

○加害者が養護者の場合の配慮

虐待しているのが親兄弟など養護者の場合、加害者としてのみ捉えずに、養護者が抱える悩みを把握し、一時的な助言や注意、あるいは経過観察ではなく、積極的に養護者支援を展開します。

虐待を受けている障がい者への支援と虐待者(養護者)への支援は別の担当(チーム)が行うとしています。

○セルフネグレクトにも対応

単身生活の人が身体や衣類の清潔が保てないなどの「自己による放任」については、障害者虐待防止法に明確な規定がありません。しかしながら、対応マニュアルでは市町村の障がい者福祉に関する事務を所管している部局等が、相談支援事業所等の関係機関と連携して対応するとしています。

○成年後見制度の利用の検討

市町村は、一時保護を受けた障がい者について、必要に応じて、成年後見制度の利用について検討します。

障害者虐待防止法および、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、又は知的障害者福祉法の規定により、市町村長は成年後見制度の利用開始の審判請求を行うこと出来ると定められています。

○やむを得ない事由による分離措置

虐待を受けた障がい者を保護・分離する最後の手段として「やむを得ない事由による措置」があります。

「やむを得ない事由による措置」とは、「やむを得ない事由」によって契約による障害福 祉サービスを利用することが著しく困難な障がい者に対して、市町村長が職権により障害福祉サービスを利用させることができる、というものです。

「やむを得ない事由による措置」が採られた場合、市町村長や障害者支援施設等の長は、虐待の防止や障がい者保護の観点から、加害者と障がい者の面会を制限することができます。

○行政の権限

法律により行政に以下の権限があります。

虐待から身を護るために転居した場合、加害者からの被害者の住民基本台帳の閲覧請求は拒否できます。

加害者が障害者の年金を管理し、経済的虐待に及んでいることが考えられる場合は、自治体が行う事実関係の把握、または厚生労働省令で定める事務のためなら、年金個人情報を取得することが出来ます。

○虐待対応の終結まで

対応初動期のモニタリングは、概ね 2 週間を目安に実施します。

状況によっては、再アセスメント、対応方針の修正を行い、関係機関による援助内容を変更します。継続的にチームで対応の成果を評価していきます。

虐待行為そのものの解消だけでなく、虐待の発生要因が除去され、今後は虐待行為が発生しないと判断されると、障害者虐待防止法による対応は終了します。

その後の生活の支援については、通常業務として市町村や相談支援事業所に引き継がれます。

○事業所などでの使用者虐待事実の公表

会社などでの障がい者への虐待については、障害者虐待防止法で、厚生労働大臣が毎年度、その状況を公表することになっています。

具体的には「虐待があった事業所の業種及び規模」「虐待を行った使用者と被虐待者との関係」「使用者による障害者虐待があった場合に採った措置」の3点が公表されます。

障がい者の虐待通報を受けた行政は、以上のような対応を行うこととされています。

(本稿は2021年1月に執筆しました)

別稿で「家庭・施設・職場での障がい者虐待行為 令和2年度の状況」を掲載しています。ご参照ください。