医療観察法~裁判で不起訴無罪になった精神障がい者の処遇

医療観察法

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」、通称医療観察法は、2003年に成立した「重大な他害行為」である、殺人、放火、強盗、 強制性交等、強制わいせつ、傷害を行った精神障がい者の処遇制度を定める法律です。

重罪を犯しながら、心神喪失又は心神耗弱の状態とされ、不起訴処分、無罪または減刑が確定した障がい者は、その後どのような処遇を受けるのか。医療観察法をやさしく解説します。

○検察官の申し立て

加害者が精神障がいによって不起訴処分になった殺人、放火などの該当事案を、検察官が、「重大な他害行為」であると判断すると、管轄する地方裁判所に、「医療観察法による処遇の申し立て」を行います。検察官の申し立てには、弁護士である付添人が付けられます。

○裁判所からの鑑定入院命令

検察官から審判の申し立てを受けた地方裁判所は、精神鑑定のために「鑑定入院命令」を出します。入院先は「鑑定入院医療機関」と呼ばれる、対象者を鑑定入院させるための施設として指定がある精神科病院です。

精神鑑定を担当する「鑑定医」とは、鑑定入院した対象者の鑑定を行うよう裁判所に命令された医師です。裁判官とともに審判を行う精神科の医師「精神保健審判員」とは別の医師が指名されます。鑑定入院では、検査、診断だけではなく、精神科治療も行われます。

入院期間は原則として2か月以内、必要な場合は1か月の延長が認められます。

○裁判所は2名で審議

入院による医療の必要性について、医学的見地からの意見を付して、鑑定医が鑑定結果を地方裁判所に提出します。

また裁判所は精神鑑定とは別に、検察官から審判の申し立てを受けると「保護観察所」に対して対象者の「生活環境の調査」を依頼します。保護観観察所は、対象者の居住の有無、生計の状況、家族の状況や家族関係、生活歴等、生活環境の調査を実施し、それを「生活環境調査報告書」にまとめて地方裁判所に提出します。

裁判所は、裁判員1名と、一定の研修を受けた精神科の医師である「精神保健審判員」の2名による合議体を構成して、精神鑑定結果と、生活環境調査報告書をもとに、審議を行います。必要なときは、精神保健福祉士等から地方裁判所が事件ごとに指定する「精神保健参与員」の意見を聴取します。

地方裁判所では審議の結果、「入院決定」「通院決定」「不処遇」のいずれかの審判を下します。

○決定への不服申し立て

対象者、保護者、付添人は、地方裁判所が下した入院決定や通院決定の審判に不服がある場合は、2週間以内に高等裁判所に抗告できます。

さらに高等裁判所の決定に不服がある場合は、最高裁に抗告できます。

○入院決定した場合の処遇

地方裁判所から入院決定が下されると、国公立病院で厚生労働大臣の指定を受けた「指定入院医療機関」に入院し、必要な治療や指導を受けます。入院費用は全額国費負担です。
病院の管理者は、医学的管理の下に入院対象者を外出・外泊させることができます。

○入院継続確認は6カ月毎

医師が入院医療の継続の必要性を認める場合は、保護観察所長の意見を付して、地方裁判所に「入院継続確認の申し立て」を行います。これは6か月ごとに行わなければなりません。

本人又は保護者が入院処遇への不服がある場合は、厚生労働大臣に対して処遇改善請求を行います。請求を受けた厚生労働大臣は、社会保障審議会に通知し、審議を求めます。

○退院して通院へ移行

医師が入院を行う必要がなくなったと判断した場合は、保護観察所長の意見を付して、直ちに地方裁判所に「退院許可の申し立て」を行います。地方裁判所は、合議体により、退院あるいは入院継続のいずれかの判断を下します。退院許可がおりた場合は、通院処遇に移行します。

同時に保護観察所の社会復帰調整官が、退院後の居住の確保や身元引受人、精神保健福祉サービスの調整など「生活環境の調整」を行います。社会復帰調整官は国家公務員で、医療観察法に基づき保護観察所に配置されています

○通院決定した場合の処遇

地方裁判所から通院決定が下りると、指定通院医療機関に通院し「通院処遇」を受けます。通院処遇期間は原則3年で最大2年の延長が可能です。通院処遇中も、状態によっては精神保健福祉法に基づく入院は可能です。

○社会復帰調整官による処遇実施計画の作成

通院決定が下されると、社会復帰調整官の召集で、医療機関、保護観察所、地方裁判所、行政職員、保健医療機関、福祉サービス機関の関係者による「ケア会議」が開催され、処遇実施計画が立案され、関係機関が協同して計画の実行を支援します。この医療観察期間が無事に終了すれば、一般の精神医療に移行します。

○通院処遇期間中は精神保健観察の対象

精神保健観察は社会復帰調整官によって行われます。届け出た一定の住居に居住すること、住居を移転し又は長期の旅行をするときはあらかじめ保護観察所の長に届け出ること、保護観察所の長から出頭又は面接を求められたときはこれに応ずること、などが義務です。違反すると、地方裁判所の決定により再入院の措置が採られます。

○被害者への情報提供

重大な他害行為の被害者には、希望により、加害者の処遇段階に関する事項,地域社会における処遇中の状況に関する事項等が情報提供されます。

所定の手続きに従い、保護観察所に申請します。法務省が公表している情報提供件数の実績は、2019年の1年間で11件でした。

○医療観察制度の目的

法務省保護局が作成したリーフレットから、制度の目的を転載します。

「この制度は,対象となる人の社会復帰を促進することを目的とするものです。精神の障害のために他害行為を行うという不幸な事態が繰り返されることなく社会復帰を促進するため,必要な医療を確保して病状の改善を図ることが重要であるとして設けられた制度です。」

○医療観察法への主な反対意見

精神障がい者への偏見と差別を生む法律だという批判があります。

医療観察法は、精神障がいがある人は重大な犯罪を起こす、そして再犯するリスクが高いことが前提になっている。

精神病院に入院させることが、社会復帰を妨げる結果になっていないか。

現状の精神病院が「必要な医療を確保して病状の改善を図る」水準にあるのか。

主な反対意見です。

(本稿は2021年1月に執筆しました)

別稿で「障害者権利条約の理想と日本の障がい者の現実」を掲載しています。ご参照ください。