車椅子で参拝できる東京バリアフリー神社~西部編~

車椅子で参拝できる東京バリアフリー神社~西部編~

車椅子で参拝できる東京の神社仏閣はどこか。本稿は「東京西部編」です。東京都区内西部エリアのバリアフリーな神社仏閣を紹介します。

 

 

 

「須賀神社」(新宿区)

創建は江戸初期。以来四谷の地に鎮座する神社です。境内はほぼフラット。現在の神殿は平成元年の築で、拝殿は緩やかなスロープです。

須賀神社

車椅子での参拝で問題になるのはアクセスルートです。最も一般的なルートは、新宿通りの四谷二丁目から天王坂へ。このルートは強烈な下り坂の先に、映画「君の名は。」で有名になった階段があるルートです。

車椅子では、四谷二丁目交差点から新宿よりへ進んだ2本目の筋。福永果実店というフルーツパーラーの横の道へ進んで下さい。

この道は逆一通。車はこのルートは使えません。車で神社に接近するには、外苑東通りの左門町からアクセス。ただし車のお祓い用のスペースはありますが、一般参拝者用の駐車場はありません。

拝殿所から本殿のなかがしっかり拝めます。鎮座するのは須佐之男命とお稲荷様の二柱。須佐之男命は土木建築・悪霊退散・諸難・疫病除けの神。稲荷大神は五穀豊穣・開運招福・商売繁盛の神です。

須賀神社

合殿は大鳥神社で日本武尊が鎮座。その横には、お末社の大国社。立派な大国主命が鎮座しています。須賀大祭の他に、大国神の大祭があり、御酉様の四谷酉の市も開催されます。

須賀神社

更にその横には、宝物の三十六歌仙繪が展示されています。江戸時代の作品で、金庫で保管されていたため、奇跡的に戦火を免れた絵画。紀貫之、柿本人麻呂、在原業平など三十六歌仙が並びます。以上すべて拝観無料です。

 

 

 

「浄真寺 九品仏」(世田谷区)

お寺の名称は「浄真寺」。その名の通り浄土宗のお寺で、1678年創建と伝えられています。本堂の前にある3つのお堂にそれぞれ三体の阿弥陀如来像があり、合計すると9体なので「九品仏」。これが寺の別称になり、ひいては地域の名称になったそうです。

浄真寺 九品仏

九品仏駅と浄真寺を結ぶ道は参道です。この参道には屋台などは一切なく、公園、公民館、一般住宅などが並びます。この公園の公衆トイレに障害者用が用意されます。

境内へは九品仏駅からまっすぐに進む正面ルートと、東側の入口から入る横ルートがあります。両ルートともややラフですがスロープがあるので、車椅子でもなんとかなります。

浄真寺 九品仏

境内は中門があり、通路は小さなデコボコがありますが、決定的な段差箇所には迂回路やスロープの用意があり、ギリギリですが車椅子でお参りができます。

浄真寺 九品仏

本堂は釈迦牟尼仏を中心に、右に善導大師、左に法然上人の像を安置。開帳されていて、これらの仏様を拝むことができます。山門や鐘楼は立派な本格派。そして九品仏を拝むことが出来ます。一体一体、表情が違う阿弥陀如来像です。

浄真寺 九品仏

本堂と九品仏が安置されている3つのお堂は、境内で正対している配置構造。これは本堂側が此岸、九品仏のお堂側が彼岸を意味します。本堂とお堂は石畳の通路で結ばれ、ここを行き来することは、すなわち此岸と彼岸を行ったり来たりすることになるそうです。

 

 

 

「新井薬師 梅照院」(中野区)

正式名称は新井山梅照院。新井薬師は通称です。新東京100景に選ばれた名刹で、境内まではフラットですが、本堂は段差の上でスロープはありません。

新井薬師 梅照院

ご本尊は「眼病」のご利益が有名。また「子育薬師」として信仰を集めています。

8のつく日は本堂で護摩法要がありますが、こちらは畳の上に座ります。車椅子では段差の下からのお参りになりますが、境内には見どころあるので、車椅子で訪れる価値はあります。

新井薬師 梅照院

境内の2か所が適当に停めることができる駐車スペースになっています。「悪質な無断駐車は警察に通報・・」という掲示があります。

境内の南側が正門で、この門は趣があります。そして驚くほどの桜の古木が参拝者を出迎えます。

新井薬師 梅照院

本堂の他に、薬師堂、不動堂、鐘楼などが境内に配置。いずれもバリアフリーではありませんが、境内の中央部から車椅子で全体を見渡すことは可能です。

新井薬師 梅照院

境内北側の区画にまわると、少年期の聖徳太子像が建っています。真言宗豊山派の寺院で薬師如来と如意輪観音がご本尊ですが、太子信仰の流れもあります。仏教を導入して国内を治めた太子の徳を偲ぶ像ということです。

新井薬師 梅照院

水をかけて洗い清めながら「おねがい」をする「おねがい地蔵」は境内一の人気地蔵です。絶えることなく「おねがい」をしている人がいます。車椅子で「おねがい」エリアにたどり着くのは、デコボコがあるので難があります。

 

 

 

「東京大仏・乗蓮寺」(板橋区)

車椅子で急坂を上りますが参拝は可能です。高さ13m、重さ32tの大仏様が鎮座する乗蓮寺。駅からはかなりの距離がある立地で車の利用が便利です。参道階段のすぐ下と、道を隔てた場所に、大きな無料駐車場が用意されています。

東京大仏・乗蓮寺

駐車場から境内へ向かうと、参道は長い階段です。乗蓮寺は小高い山の上にあるイメージのお寺。正面ルートは階段しかありません。

東京大仏・乗蓮寺

迂回ルートは参道を正面にみて左回りに進みます。途中からかなりの急坂になるので、車椅子利用者は元気な介助者がいると助かります。境内に入る最後の直線も急な上り坂です。

東京大仏・乗蓮寺

身体障害者の参拝であっても、境内での駐車は不可です。ただし乗降は可能ということ。迂回ルートを車で進み、車椅子利用者を降ろし、速やかに駐車場に移動する方法もあり得ます。その日その時の状況によるので、詳しくはお寺に確認してください。

東京大仏・乗蓮寺

境内はほぼフラットな敷地で、未舗装箇所もありますが、主要な動線は舗装路なので車椅子での参拝は可能です。大仏様は平和を願って建立されました。参拝所から車椅子で祈願できます。また境内は大仏様だけではなく、末社や山門、お堂など、見どころが多々あります。

東京大仏・乗蓮寺

 

 

「雑司ヶ谷鬼子母神」(豊島区)

寺院の名称は「威光山 法明寺」。法明寺のお堂の一つが「鬼子母神」になります。読み方は「きしもじん」。“母”は濁音ではありません。

810年に真言宗のお寺「威光寺」として開創。その後1312年に、日蓮宗に改宗して「威光山 法明寺」となりました。

鬼子母神信仰は平安時代からあったようですが、のちに日蓮宗と結びつき、日蓮宗徒にとって鬼子母神は“神”に昇華しました。鬼子母神そのものは、元々鬼で、自分は1000人の子どもを産んだ、自分が一人子を産むと人の子を一人食べた、という怖い鬼で、お釈迦様がその非を説き、悔い改めたという伝説です。

雑司ヶ谷の鬼子母神は、池袋駅から500mほどしか離れていませんが、静かで緑が深く、祭事以外の平時は人数も少ない一角です。

都電の鬼子母神駅から鬼子母神に向かうと、ケヤキ並木の参道が現れます。この参道に雑司ヶ谷の案内所があり、観光案内をしていただけます。現在では、並木と案内所しかない参道ですが、戦前は多くの商店が軒を並べていました。

古刹ですから快適なバリアフリーではありませんが、境内には決定的な段差箇所はありません。小さなデコボコやゴツゴツした路面を通りますが、何とか車椅子でのお参りは可能です。

雑司ヶ谷鬼子母神

鬼子母神のお堂の裏側に回ると、そこが「威光山 法明寺」の本堂の正面になります。一般に「鬼子母神堂」と思われている建物は「法明寺本堂」です。

雑司ヶ谷鬼子母神

境内にある他の堂の紹介です。

「法(のり)不動堂」は金剛不動尊を安置。

ひときわ目立つ赤い鳥居が並ぶ祠は「威光稲荷堂」。こちらは、倉稲魂命(うけみたまのみこと)を祀っています。

雑司ヶ谷鬼子母神

「大黒堂」は団子屋さんで、宗教施設ではありません。売っているのは名物の「おせん団子」です。

鬼子母神境内にある駄菓子屋「上川口屋」さんは、創業1781年という掲示があります。

境内の大銀杏は1400年前後に植えられたという伝承が掲示されています。

鬼子母神のお土産品として長く販売されてきた「すすきみみずく」。貧しい少女がお金に困って鬼子母神の境内で眠っていると、ススキでミミズクを作って売りなさい、という夢のお告げがあり、その通りにミミズクの人形を作るとよく売れて、病気の母親に薬を買ってあげることができた、という伝承です。

製作を継承する技能者が一度は絶えてしまいました。現在では「すすきみみずく保存会」が結成されて、技能の継承が行われています。

 

 

 

「湯島天神」(文京区)

湯島天神は坂道に建つ社です。坂下である湯島方面からの「男坂」「女坂」は階段です。本郷三丁目駅方面からのアクセスなら、それほど激しい傾斜路はありません。

湯島天神

春日通り沿いに有料駐車場があります。

車椅子で境内に入るルートは、鳥居をくぐり「正門」から参道を通り本殿に向かうルートか、「唐門」から入り「梅園」の横にでるルートです。

湯島天神

参道は石畳でゴツゴツした路面です。境内が空いている状況であれば、「唐門」から入り本殿前へ向かうとゴツゴツ路面を回避できます。

湯島天神

お正月や「梅まつり」などのイベント期間中は、境内が混みあいます。参道には屋台が並び通路幅は狭くなり、拝殿には行列ができます。このような混雑時は車椅子での参拝は苦戦します。

湯島天神

 

 

「曹洞宗吉祥寺」(文京区)

15世紀に太田道灌が創建したと伝えられる名刹で、吉祥寺の語源になったお寺。吉祥寺ではなく本駒込にあります。広大な境内に重厚な経蔵などが残る大寺院で、境内ほぼ全域を車椅子で移動可能。見どころのほとんどは車椅子で近付くことができます。

境内入口には「山門」。戦火を免れた江戸時代の門で、木彫りの装飾が施されています。「山門」をくぐるルートは段差があり車椅子では通行できないので、「山門」の横の車道を通行して境内に入ります。

境内に入ると、本堂まで長いストレートの参道があります。石畳仕様ですが、車椅子での通行は可能。もちろん完全バリアフリー設計ではないので、小さなデコボコやつなぎ目などはあります。

曹洞宗吉祥寺

「山門」から「本堂」に向かうルートを進むと、左手に「お七 吉三郎 比翼塚」。放火して死罪になった物語の「八百屋お七」の碑。その恋の舞台がここ「吉祥寺」です。

その先には「吉祥寺大仏」が鎮座。高さ1.5mほどの台座に座る、座高2mほどの大仏様です。

参道左側の並びにある「茗荷稲荷」の祠は趣があります。5段ほどの階段の上に祠があるので、車椅子では参道からのお参りになります。

お墓エリアにあるのは「二宮尊徳」のお墓。薪を背負った像も建てられています。

参道の右側のお墓エリアで、ひときわ大きな案内が掲示されているは、明治の作家「川上眉山」のお墓。尾崎紅葉などと同時代の小説家です。

参道を進むと、右側に見えてくるのが「鐘楼」。5段ほどの段の上に建つとても立派な鐘楼で、大きな鐘があります。車椅子から見学は可能です。

「鐘楼」の更に右奥にあるのが「経蔵」。江戸期に建てられた文化財です。この周囲はデコボコがあり車椅子では近づけるところまで。大きな建物ですから、車椅子からの見学は可能です。「山門」と同様に、見事な木彫装飾が楽しめます。

曹洞宗吉祥寺

参道の突き当りが「本堂」。数段の段差があり車椅子では段の下からのお参りになります。「本堂」はデザイン的にはシンプルな建築物。江戸時代には千人の学僧が学んでいたお寺です。サイズはそれなりにあり、本堂前の空間は広々しています。

 

さて「吉祥寺」と吉祥寺の関係です。

江戸時代の「振袖火事」といわれる「明暦の大火」によって焼きだされた吉祥寺の門前の住民が、幕府の斡旋によって現在の吉祥寺エリアに移住しました。そして吉祥寺への愛着を込めて、自分たちの新天地を「吉祥寺」と呼ぶようになり、現在の地名に繋がったそうです。

「明暦の大火」の時代に、「吉祥寺」があった場所は、現在の水道橋界隈。火事の後に現在の本駒込の地に移転したそうです。したがって、現在の吉祥寺に移住して新田開発を頑張った「吉祥寺」の門前の住民が懐かしんだ地は「水道橋」界隈です。

 

 

 

「こんにゃくえんま源覚寺」(文京区)

閻魔さまで有名な「源覚寺」。「源覚寺」本堂のご本尊は「阿弥陀仏」ですが、通称は「こんにゃくえんま」。最寄駅は地下鉄の春日・後楽園。障害者用トイレがある近隣の大型施設は「春日シビックセンター」や「ラクーア」です。

お寺の門扉を入ってすぐの場所が駐車場で、つめれば10台ほど駐車が可能です。「駐車場を利用する人は、声をかけてください」という掲示があります。車で参拝に来た方は、お寺の方に声をかけてください。

境内に入ると、すぐ左手にお百度参りのための数え石があり、並んで「お札所」があります。

そして正面が「閻魔堂」。お堂の中に木造坐像の閻魔様がいらっしゃいます。

こんにゃくえんま

「閻魔堂」の正面には、お供えされた「コンニャク」が山積み。車椅子でお堂の前に行くことができ、はっきりと閻魔様のお顔を拝めます。片目は黄色。眼病で悩むご老人に、片目を差し上げたから、ということです。眼病に御利益がある、閻魔様です。

こんにゃくえんま

閻魔様ばかりが有名ですが、他にもパワースポットがある「源覚寺」です。

「塩地蔵尊」は全身が塩でくるまれた二対一組の地蔵様。体の悪い箇所と同じ部分に塩をつけてお参りすると治る、ありがたい地蔵様です。車椅子から手が届くかは微妙な位置。昔から、お相撲さんからの信仰が篤い、お地蔵様です。

こんにゃくえんま

次に「毘沙門天」。製作年代が新しい見事な造形で「小石川七福神」のひとつ。お堂前の路面はややデコボコですが、車椅子からお顔、お姿をしっかり拝むことができます。

「汎太平洋の鐘」。この釣鐘は、戦争中にサイパンに建てられたお寺にわたり、戦後「源覚寺」に帰還した鐘。南方戦地での戦死者の鎮魂の鐘です。周囲には、おそらくサイパンから一緒に来たであろう、貝殻などが飾られています。この鐘楼の周囲は段差だらけで車椅子では近づけません。

「源覚寺」は1624年の開創と伝えられ、江戸時代の大火、昭和の空襲にも合わず、閻魔様も阿弥陀様も塩地蔵も江戸期のものが残っています。

 

 

 

「荻窪八幡神社」(杉並区)

創祀は約1100年前という歴史ある神社です。御祭神は応神天皇。境内にはお末社が7つもあり、須佐之男命や大物主命らが祀られています。500年以上前に、太田道灌が戦勝祈願をして植えたと言い伝えられている「高野槇」があります。「道灌槇」とも称される古木です。

荻窪八幡神社

アクセスは駅からはやや遠いので車が便利。神社内に3台分の駐車場があります。この駐車場はとても解り難い場所で、神社の裏手の一通道路からしかアクセスできず、神社の外からは見えません。

荻窪八幡神社

荻窪神社の主要な建物は本殿、拝殿、神楽殿。境内は緑あふれる、今に残る鎮守の森です。

荻窪八幡神社

段差の箇所にはスロープがあるので、車椅子での参拝は可能。拝殿まで舗装路があるので、砂利道を通らなくても車椅子で参拝ができます。

 

 

 

「井草八幡神社」(杉並区)

広さは東京ドームの約0.7個分です。東京には11社ほど「別表神社」があり、井草八幡神社はその一つ。神社内には、昭和42年に「別表神社」になったことを記念して造られた、高さ9mもある一対の「大灯篭」があります。

井草八幡神社

神社本殿の裏手に「井草民俗資料館」があり、その前庭に障害者用の駐車スペースがあります。青梅街道側からの参道は未舗装路。障害者用の駐車スペースからなら、舗装路を通り本殿域に行くことができます。

井草八幡神社

ただし本殿に参拝する拝殿前は、かなり深い砂利が敷かれていて、車椅子はスタッグします。車椅子参拝が難しいようでしたら、無理をせずに、横の舗装路から参拝してください。

井草八幡神社

創祀の由来、正確な年代は不詳の神社です。八幡様なので源頼朝の戦勝祈願の伝説が残り、頼朝お手植えの松がありました。巨大な古木の松であったそうですが、昭和48年に枯れて倒れて、現在は2代目の松になっています。本殿の一角に、倒れたお手植えの松の木の幹の輪切りがあり、大きな松の木であったことが偲ばれます。

「神楽殿」があります。立派な建物で御祭りの時に利用されます。

昔氏子が力比べをしたと伝えられる「力石」が10個以上おかれているゾーンがあります。重い石だと一個200キロ以上。動かせそうもない巨石です。

神社のはずれの一角には「富士塚」があります。富士講の人が奉納したと伝えられる大きな「石灯籠」もあります。「井草八幡神社」は、江戸時代には富士山信仰の場でもありました。

 

 

 

「東京バリアフリー神社」の紹介記事は、他に「都心編」「東部編」を掲載しています。クリックすると別稿が開きますので、ぜひご覧下さい。