徳川家の菩提寺 伝通院 車椅子参拝 バリアフリー情報

東京都文京区小石川の「伝通院」は、車椅子で境内に立ち入ることができる寺院です。現地の状況と寺院の歴史を紹介します。

なお本稿は2019年9月13日9月に執筆しました。

 

○伝通院の寺歴概略

開山は1415年。その後小さなお寺として続いていました。転機は1602年、徳川家康の生母である「於大(おだい)の方」が逝去。法名を「傳通院殿蓉誉光岳智光大禅定尼」と号し、この寺を菩提寺としたことから「傳通院」と呼ばれるようになり現在に至っています。

「でんづういん」と濁音で読みます。宗派は浄土宗。江戸最盛期には1000人の学僧が修行した大寺院であったと伝えられています。

 

○著名人の墓標

伝通院は著名人の墓が多い寺院です。

徳川家では、千姫、孝子の他、若くして亡くなった将軍の子息子女が多数。

作家では佐藤春夫、柴田錬三郎、他。

指圧で有名な浪越徳次郎氏のお墓「指塚」もあります。指圧を模した墓標です。ちなみに浪越氏の指圧の学校は伝通院通りにあり、この学校にも指圧を表現したオブジェがあります。

伝通院は著名人の墓が多い寺院

○焼失と再建

空襲で全焼しているので、残念ながら歴史的な建造物は全く残っていません。ただし著名人のお墓は焼け残っています。

現在の本堂は1988年に再建。山門は2012年に再建されました。

本堂は1988年に再建

○文豪の小説の舞台

文豪の作品にも登場します。代表は永井荷風。他にも、夏目漱石、二葉亭四迷、菊池寛、徳田秋声、岡本綺堂、中里介山・・・。現代では読まれることが少なくなっている文豪の作品に、伝通院はよく登場します。

おそらく昔は、作品を読んでこの地を訪れる人も多かったのではないでしょうか。

司馬遼太郎さんの作品によれば、新撰組の近藤勇が師範代だったころの道場は、伝通院のすぐ隣にあったそうです。

 

○車椅子でのアクセス

駅からはやや距離があり、かつ地形として高台の上にあるので、上り坂を行きます。

地下鉄の春日・後楽園駅からなら「富坂」を上る、飯田橋方面からなら「安藤坂」を上る立地です。

境内には40台を収容する駐車場があります。葬儀などが行われていない時は、一般参拝者も利用できます。

 

○境内のバリアフリー状況

全体的にバリアフリーではありません。

2012年に再建された山門は段差があり、車椅子では通行不能、横の車道から入ります。

1988年に再建された本堂は階段形式です。

境内に公衆トイレはありません。

古いお墓のエリアは、未舗装路や段差のある石畳路です。車椅子では、無理なく移動出来る範囲は限られます。

有名人の墓地エリアに入るには「事務所でお線香を買ってください」というルールになっています。

境内のバリアフリー状況

○周辺の状況

江戸の仏閣密集エリアとしては「谷根千」が有名ですが、伝通院周辺も数多くの寺院が現存しています。明治期の廃仏毀釈の嵐に耐えたお寺群です。

文京西方方面へ抜ける伝通院のすぐ前の坂は「善光寺坂」。長野の善光寺と伝通院の交流の跡を伝える名称といわれています。

本堂は1988年に再建

伝通院は江戸初期から歴史の舞台になり、明治以後の文豪の作品にもたびたび登場するので、知名度は高いお寺です。しかし観光客がほとんど来ない、とても静かなお寺です。

九品仏 車椅子でお参り 浄真寺 バリアフリー情報

東京都世田谷区の九品仏「浄真寺」は、少し無理をすれば車椅子でお参りが出来るお寺です。現地のバリアフリー状況を紹介します。

なお本稿は2015年9月の取材に基づいています。

 

○浄真寺と九品仏

自由が丘から九品仏一帯は人気タウン。その九品仏の地名の由来になった古刹です。

「浄真寺」は浄土宗のお寺で、1678年創建と伝えられています。

本堂の前にある3つのお堂にそれぞれ三体の阿弥陀如来像があり、合計すると九体なので「九品仏」。これが寺の別称になり、ひいては地域の名称になりました。

東急大井町線の九品仏駅は、九品仏という街の知名度に比べてとても小さい駅です。

浄真寺は広い大規模なお寺です。しかし日常はひっそりとした古刹。緑豊かで静かなお寺です。

浄真寺と九品仏

○参道は車椅子可

九品仏駅から徒歩3分の案内です。駅前から浄真寺に向かうと、すぐに参道になります。

参道はほぼフラットな舗装路面で車椅子での通行は可能です。

平常時、参道に屋台の出店などは一切なく、公園、公民館、一般住宅などが並びます。静かな参道です。

浄真寺の駐車場は原則として信徒用です。寺務所で発行する駐車許可書の掲示が必要です。お寺の近くに、便利でバリアフリーな有料駐車場は見つかりません。

九品仏駅から徒歩3分

○総門から境内へ

参道を進むと境内への入口に「総門」があります。段差回避スロープがあるので、車椅子で通行できます。

もう一つの境内への入口は「東門」です。この門は傾斜がありますが段差はありません。

総門から境内へ

境内の通路は、ほとんどが未舗装路か、車椅子に小さな衝撃があるデコボコした石畳路です。車椅子での境内の移動はあまり快適ではありませんが、決定的な段差箇所はスロープまたは迂回路が用意されています。

 

○山門から本堂へ

境内を進むと「仁王門」とよばれる「山門」があり、鐘楼、そして本堂と続きます。

広く、そして品格があるお寺です。境内の緑の深さが参拝者に迫ります。山門や鐘楼も実に立派なものです。紅葉の名所でもあります。

山門から本堂へ

本堂には、釈迦牟尼仏を中心に、右に善導大師、左に法然上人の像を安置。開帳され、仏様を拝むことができます。

この間の参拝ルートも、デコボコはありますが車椅子で通行可能です。

山門から本堂へ

○九品仏にお参りする

そして九体の仏様、九品仏を拝みます。一体一体、表情が違う阿弥陀如来像です

九品仏が安置されている3つのお堂「上品堂」「中品堂」「下品堂」は、本堂と境内で正対している配置です。これは本堂側が此岸、九品仏のお堂側が彼岸を意味します。

本堂とお堂は石畳の通路で結ばれ、ここを行き来することは、すなわち此岸と彼岸を行ったり来たりすることになります。そういう解説が境内に掲示されています。

本堂と3つのお堂周辺の石畳は、比較的車椅子で移動しやすい路面です。

九品仏にお参りする

○トイレ、休憩所の状況

浄真寺の境内には、公衆トイレはありません。トイレは本堂内にあるという案内です。

また休憩所もありません。今回取材時は「開山堂」の近くに簡易ベンチがあり、参拝者が座って休憩をしていました。

 

九品仏「浄真寺」は、バリアフリーではありませんが、車椅子で通行できない決定的な段差箇所は迂回出来ます。

本堂は階段の上 車椅子では参拝できない吉見観音安楽寺

「吉見観音安楽寺」は、一般的な知名度は高くありませんが、本堂、三重塔、仁王門と仁王像、左甚五郎作と伝わる逸品もある、見事な古刹です。岩殿山安楽寺、通称が吉見観音です。

2016年10月に現地を取材した状況を紹介します。

境内の手前100mほどの場所に、広い無料駐車場があります。未舗装のラフな駐車場で、適当に停めます。

駐車場のすぐ近くに、一軒だけお茶屋さん兼お土産屋さんの店舗があります。名物は「厄除け団子」。年に一度の本尊御開帳の日に、これを食べると厄落としになる、ということで人気です。

「安楽寺」は坂東十一番札所。札所めぐりは本来信仰上の行為ではありますが、江戸時代になり平和で安定した世の中になると、庶民の娯楽として盛んになりましたす。

その土地を訪ね、地の名物をいただく。この吉見の山里も札所めぐりの参拝者で賑わいました。

現在ではイベントの無い通常の日は、静かな山里の古刹。ゆっくりとした時が流れています。

駐車場から境内への参道も静かです。参道の脇にはお地蔵さんが何体もあります。それ以外は何もない山里。民家が数軒あるくらいです。

参道はややガタゴトはありますが舗装路。緩やかな上り坂ですが、一般的な車椅子での通行は十分可能な参道です。

山里の中に建つ古刹です。1200年前に、聖武天皇の命を受けた行基が創始したと伝承されています。

本堂と三重塔は寛永年代、仁王門と仁王像は元禄年代に建造されました。

かつては、もっと巨大な伽藍をもつ大寺院であったのが、後北条氏の松山城攻めの際にすべての伽藍が焼失し、江戸時代に再建されたということです。

立派な建造物や彫刻物は、いずれも県の文化財に指定されています。

参道を突き当たると、境内に向かう階段があります。階段の横に、車両用のガタゴトで急坂の道があります。半端な坂ではありませんが、無理をすれば車椅子で上れないこともない坂道です。

本堂は境内からさらに階段の上です

本堂は境内からさらに階段の上です。車椅子では無理をしても境内までが限界で、本堂のお参りは無理です。本殿は境内から、階段の上を眺めて参拝します。

左甚五郎作と伝わる逸品「野荒しの虎」は、本殿のなかの欄間にあります。手すりにつかまって階段を利用できるレベル方は、無理をすれば本殿に上がれるかもしれません。

吉見観音安楽寺は、車椅子では十分な参拝は出来ません。

しかしながら山里の古刹の雰囲気は素晴らしく、階段の下から眺めるだけも、多少は札所めぐり気分に浸れます。