知的障がい 名称と定義および判別基準 変遷の歴史

知的障がい 名称と定義および判別基準
《明治から戦前》

日本では明治年代の医学書において、知的障がいに関する記述が残されています。

1876年の「精神病約説」では、知的障がいは「痴呆」と称され「脳の発育欠乏するがために、精神の発達もまた阻滞するものにして、先天のものあり、生後直ちにこれに陥るものあり」と定義されています。

1894年の「精神病学集要」では、「精神発育制止症」「白痴」と称され「不治永患」、つまり医学的な治療法は無いと記述されています。

その後しばらくは、医学界全般では、知的障がいの名称は白痴、医学的な治療法はなし、の状況が続きますが、1897年に改称された「滝乃川学園」は、知的障がい児のための教育施設として、白痴の発達を促すための治療と教育が実施されていたことが記録されています。

昭和になった1930年代には、日本医学会と国際的な学会との関係も深まり、白痴に変わり名称は「精神薄弱」が用いられるようになりました。

《戦後~1950年代》

戦後になり、障がい者福祉は、社会政策になります。

1947年「児童福祉法」制定、そして1949年には精神薄弱児施設が、日本で初めて法に規定されました。

1953年の文部省事務次官通達「教育上特別な取扱を要する児童生徒の判別基準について」では、「精神薄弱」の3段階のレベルが示されました。その区分名称は「白痴・痴愚・魯鈍」で、該当するIQや心身状況の目安が示されています。

その中で日本の行政としての初めて知的障がいの定義が示されています。それは「種々の原因により精神発育が恒久的に遅滞し、このため知的能力が劣り、自己の身辺の事がらの処理および社会生活への適応が著しく困難なもの」です。

その一方で、同年に厚生省から出された「知精神薄弱児施設運営要領」では、「精神薄弱というものは、単に知的欠陥のみならず身体的方面においても又感情的、或いは意志的方面においても通常種々の障害を伴っている場合が多いので、精神薄弱児の定義においても、心理学的、医学的(精神医学を含む)、或いは教育学的、社会学的な立場により、又それぞれの学者により異なっており、一定した定義は下されていない。」としています。つまり判別基準の設定は困難であるとしています。

《1960年代》

1962年には、文部省初等中等教育局長通達が発出され、そこでの3段階区分の名称は「重度精神薄弱」「中度精神薄弱」「軽度精神薄弱」に変更されています。

この1962年の通達での判別基準を抜粋します。

「重度精神薄弱」(Q20ないし25以下)

言語の理解もせず、自他の意志交換および環境への適応が著しく困難であって、日常生活における衣食の上においても常時全面的に介護を必要とし、成人になっても自立困難で、その発達が2-3歳程度までと考えられるもの。

「中度精神薄弱」(IQ20ないし25-50程度)

環境の変化に適応する能力が乏しく、他人の助けによりようやく自己の身辺の事柄を処理し得るが、成人になってもその発達が6-7歳程度までと考えられるもの。

「軽度精神薄弱」(IQ50-75程度)

日常生活に差し支えない程度に身辺の処理をすることができるが、抽象的思考や推理が困難であって、成人段階でその発達が10ないし12歳程度までと考えられるもの。

この他に「境界線児」(ボーダーラインの児童生徒)については、以下の内容が記されています。

精神薄弱者と正常者の中間にある境界線児(IQ75から85の程度)は、普通学級において留意して指導するか、または学級編成につき特別の考慮を払うことが望ましいこと。なお、状況によっては、精神薄弱者を対象とする特殊学級において教育しても差し支えないこと。

《1970年代》

現在に至るまで法律の規定のない療養手帳については、1973年の厚生省児童家庭局長通知で、18歳以上の知的障がい者に対する、以下の基準が示されました。

・障害の程度により 、療養手帳はA(重度)とB(その他)に区分される 。

・Aの判定基準は、知能指数がおおむね35以下(肢体不自由 、盲、ろう等の障害をもつ者は50以下)と判定された者で、日常生活における基本的な動作(食事、排泄、入浴、洗面、着脱衣等)が困難であって、個別的指導及び介助を必要とする者、または失禁、異食、興奮、多寡動その他の問題行為を有し、常時注意と指導を必要とする者。

・Bはそれ以外の程度の者

《1990年代》

「精神薄弱」はドイツ語の医学用語の和訳です。その差別的な表現に対して、1960年代から改称すべきという意見があり、1993年には、障がい者団体などからは、疾患名は「精神遅滞」、障害区分は「知的障害」という案が提案されています。

行政の公的な記録では、1995年に厚生省心身障害研究班で、「精神薄弱に替わる用語として知的発達障害、 簡素化して知的障害と呼称する」と結論づけられました。

1990年代は、知的障がいの新しい判別基準が世界で複数提唱されています。

影響力があったのは「アメリカ精神遅滞協会(AAMR)」が1992年に発表した「精神遅滞の定義」です。

AAMRの92年の定義には、その適用にあたって4つの前提があります。

・妥当な評価をするためには、個人差だけでなく、文化的 ・言語的な多様性を考慮する必要がある 。

・適応スキルにおける制約は、同輩にとっても典型的な地域社会環境の中での制約であって、それは 個別的な二一ズを示すものである 。

・ある適応スキルが制約を受けていても、別の適応スキルでは優れていることが少なくない。

・一定期間にわたって適切なサポートが受けられるのであれば、生活の機能的状態は一般的に改善する 。

この前提を踏まえた定義が以下の3要件になります。

○知的機能が明らかに平均より低い。

○少なくとも2つの適応スキルに明らかな制約がみられる。

○発症は18歳未満。

前提及び定義で用いられている「適応スキル」とは何か。以下の10種類のスキルです。

「意思伝達」…記号的行動(話し言葉 ・書き言葉 ・身ぶり・手話など)/又は非記号的行動(表情・動作など)を通じて情報を理解し、表現する能力に関するスキル

「身辺処理」…トイレ /食事/着脱衣/衛生/身だしなみに関するスキル

「家庭生活」…衣類のケア/ハウスキーピング/財産管理/食事の準備と調理/買い物の計画と予算等に関するスキル

「社会的/対人的技能」…他者との社会的やりとりに関するスキル

「地域社会資源の利用」…買い物行く、病院に行く、公共の交通機関を利用する、文化施設を利用するなどのスキル

「自己指南」…計画に従って行動する/状態 ・状況・個人的興味の程度に応じて適切に行動する/義務の履行/必要とする援助を探す/身近な或いは新しい問題に直面したに時に問題を解決する/主張と自己権利擁護、などを選択するスキル

「健康と安全」…健康管理(食事/病気の認知・対処・予防/基本的応急処置/性/身体を健康な状態に保つ/身体と歯の定期検査の受診)、安全への配慮(規則と法律の遵守/シートベルトの着用/道路の横断/助けを求める)、及びその他(犯罪行為からの自己防衛/地域の中で適切な行動をとる)に関するスキル

「機能的学習能力」…読み/書き/計算/科学/地理/社会科など、学校での学習に関わるスキル:(注:この分野において重要なのは自立生活に必要な実用的スキルの獲得とする)

「余暇」…個人の選択に基づく様々なレジャーと娯楽の開発に関するスキル

「仕事」…地域社会においてパートやフルタイムでの仕事を行うことに関するスキル(業務の遂行/スケジュールの認識/援助を探し、批判し、技術を向上させる能力/金銭管理と財産の配分/他の実用的スキルの適用/通勤・仕事の準備・仕事中の自己管理/仕事仲間との対人関係)

判別に具体的な適応スキルを導入したこと、そして前提条件に社会環境やサポートによる改善可能性が設定されていることが、これまでの定義との違いです。

1990年代に、日本における重度の知的障がい者を定義する公的な文書としては、1993年に労働省から発出された「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律による重度精神薄弱者の取扱いに係る留意事項について」の中に、以下の重度精神薄弱者判別基準があります。

・知能検査によって測定された知能指数(IQ)が50未満の精神薄弱者であって、労働省編一般職業適性検査の手腕作業検査盤を使用し、その評価のいずれかが中以下であるもの。

・知能検査(IQ)が50以上60未満の精神薄弱者であって、精神薄弱者社会生活能力調査票によって調査された「意志の表示と交換能力」「移動能力」及び「日常生活能力」のうちいずれか2つの能力の評価が中以下であるもの。

このように「適応スキル」の考え方が、判別基準に部分的に取り入れられています。

《2000年代》

日本では2003年に支援費制度が導入され、そして2005年に成立した「障害者自立支援法」で、障がい者に「障害程度区分」が設定されることになりました。その後に「障害支援区分」と名称変更されましたが、知的障がい者の重度を判別する制度は、現在まで継続しています。

判別方法は、調査票を用いて設定された項目の評価を行い、その結果を集計します。項目は「移動や動作等に関連する項目」、「身の回りの世話や日常生活等に関連する項目」、「意思疎通等に関連する項目」、「行動障害に関連する項目」、「特別な医療に関する項目」などがあり、改良が重ねられています。これをもとに一次判定、そして二次判定で「障害支援区分」が決まります。

現在のこのような手法でも、知的障がいの判定は難しく、身体障がいに比べて、一次判定と二次判定の変更率は一般に高くなります。

2000年代には、知的障がいとしての発達障害が認知されるようになりました。

2004年に公布された「発達障害者支援法」では、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と発達障害が定義されました。この文中の「その他」は「厚生労働省の省令で定められ、吃音や、トゥレット症候群、選択性緘黙が含まれる」とされています。

そして「発達障害者支援センター」で、発達障害の早期発見、早期支援、就労支援、発達障害に関する研修をおこなうとともに、発達障害児に関わる他の領域との調整をおこなうことが定められています。

「発達障害者支援法」は、2016年に改正され、「発達障害者の支援は社会的障壁を除去するために行う」こと、「乳幼児期から高齢期まで切れ目のない支援、教育・福祉・医療・労働などが緊密に連携」すること、などが新たに定められています。

発達障害に関しては、このように名称、定義は法律で定められていますが、判別に一律的な基準はありません。

《東京都療養手帳の判別基準》

東京都の「愛の手帳」は最重度の1度から4度まで、知的障がいを4段階で判別しています。現在公表されている、18歳以上を対象とした判別基準は以下です。

「1度」…知能指数(IQ)がおおむね19以下で、生活全般にわたり常時個別的な援助が必要。言葉でのやり取りやごく身近なことについての理解も難しく、意思表示はごく簡単なものに限られる。

「2度」…知能指数(IQ)がおおむね20から34で、社会生活をするには、個別的な援助が必要。読み書きや計算は不得手ですが、単純な会話はできる。生活習慣になっていることであれば、言葉での指示を理解し、ごく身近なことについては、身振りや2語文程度の短い言葉で自ら表現することができる。日常生活では、個別的援助を必要とすることが多くなる。

「3度」…知能指数(IQ)がおおむね35から49で、何らかの援助のもとに社会生活が可能。ごく簡単な読み書き計算ができるが、それを生活場面で実際に使うのは困難。具体的な事柄についての理解や簡単な日常会話はできますが、日常生活では声かけなどの配慮が必要。

「4度」…知能指数(IQ)がおおむね50から75で、簡単な社会生活の決まりに従って行動することが可能。日常生活に差し支えない程度に身辺の事柄を理解できるが、新しい事態や時や場所に応じた対応は不十分。日常会話はできますが、抽象的な思考が不得手で、こみいった話は難しい。

ただし「判定基準の一部分について例示したものであり、最終的には総合判定により障害の程度が決められる」としています。

(本稿は2021年1月に執筆しました)

別稿で「法の定めがない知的障がい者手帳 歴史と課題をやさしく解説」を掲載しています。ご参照ください。