法の定めがない知的障がい者手帳 歴史と課題をやさしく解説

知的障がい者手帳

身体障がいと精神障がいは法律で規定された定義がありますが、知的障がいは法の定めがありません。療育手帳の判定・交付に国としての法律はなく、各都道府県がそれぞれ独自に運用しています。

その一方で、療育手帳の交付者は障害者雇用促進法の対象者であり、各自治体で実施する福祉サービスの対象者になります。

知的障がい者の療育手帳が法制化されなかった経緯と、法制化のための課題について、ポイントを絞って簡潔に紹介します。

○戦後の児童福祉法

国家としての日本の障がい者福祉は戦後から始まります。

1947年に交付された児童福祉法で「精神薄弱児施設」が規定されました。1949年の同法の改正で盲聾の児童の施設が分離され、精神薄弱児施設は知的障がいのある児童の施設になっています。

施設で保護すべき精神薄弱児の定義について、このころから本格的な検討が行われています。しかし1953年に厚生省から発出された「知精神薄弱児施設運営要領」では、「精神薄弱というものは・・・(略)・・・一定した定義は下されていない」とされました。

○知的障害者福祉法の制定

1960年に「精神薄弱者福祉法」が公布されました。同法が「知的障害者福祉法」に改正されたのは1999年です。

この法律で、知的障がいは定義されないまま、知的障がい者への福祉サービスが始まりました。1962年には、厚生省が中心となり「精神薄弱者判定基準作成のための研究」が行われた記録があります。

○療育手帳制度要綱が通知

知的障がいの定義が法的になされないまま、1973年に厚生省より「療育手帳制度要綱」が通知され、各都道府県で知的障がい者への療育手帳を発行する制度が始まり、現在に至っています。

○定義されない2つの理由

療育手帳制度の発足にあたり、知的障がいの定義をしない2つの理由が示されています。現文を大幅に意訳して、その理由を紹介します。

①基準と検査方法がない

合理的、科学的、客観的に、数値化できる方法がないこと。

②知的障害者福祉法の精神に則る

明確な定義がないために福祉サービスを受ける人が増えても、定義をすることでサービスを受けられない人がでるよりもよい。

以上の経緯により、1973年から都道府県判断での知的障がい者手帳の交付が行われています。

次に、法の定義がないことによる、現在の主な課題をまとめます。

○名称と区分がバラバラ

療養手帳の名称が都道府県により異なります。東京都は「愛の手帳」、埼玉県は「みどりの手帳」、もちろん「療育手帳」の県もあります。

障がいの等級は、最小で2区分、最大で7区分まであります。

○交付年齢、更新判定のタイミングがバラバラ

一般的に有効期限は設けていない県が多いようです。

○判定基準がバラバラ

判定している組織は、児童相談所や福祉事務所などそれぞれ。そして判定方法や基準がそれぞれです。IQを考慮していない県もあります。

そして医師による診断の有無もそれぞれです。

○発達障がいを交付対象にするかがバラバラ

発達障がい者の判定は、近年の調査によると、同一県内でも明確な基準がなく、現場で判断されることがあるようです。

○児童相談所の負担増

知的障がい者手帳は学齢年齢で申請されることが多く、多くの県ではその判定を児童相談所が行っています。

近年行われた児相へのアンケート調査では、虐待問題などで業務が忙しく、療育手帳の仕事に十分な時間がとれない悩みがあるようです。

現実問題として、各都道府県の知的障がい者への福祉サービスは、療育手帳の有無がその適用基準になっています。また障害者雇用促進法による雇用義務がある障害者には、療育手帳交付者が含まれます。その一方、50年近くバラバラで運用された制度を統一すると、現場の混乱と負担増などが想定されます。知的障がいの定義は、現在でも難しい問題です。

(本稿は2020年9月に執筆しました)

別稿で「障害者権利条約の理想と日本の障がい者の現実」を掲載しています。ご参照ください。